会長ブログ | 大阪府八尾市の美家古

心の健康42・どのように生きるべきか

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『脱力のすすめ』(小林正観)で、正観さんは、父から教えられた「がむしゃらに努力する生き方」より、障害時児の長女に教わった「まわりを温かくし、光を発している生き方」がいいと結論づけられました。この子は知性は遅れていますが、宇宙意識そのもののような振る舞いをしています。運動能力も人より劣って、運動会ではいつもびりです。あるとき、捻挫をした子がいて、この子を助けながら走って、最後にこの子をゴールさせて、自分はいつも通り、ビリでゴールしました。観客は感動して拍手を送ったそうです。

人生観を根本から覆すこの事件に衝撃を受け正観さんは一週間考えて、自分の魂がどちらの生き方を喜んでいるかと考えたときに、長女の生き方が本質だとおもって、喜んでいる自分に気付いたそうです。社会全体が競い合い、比べ合い、人よりぬきんでることが立派な人間だと教える中で、知性や運動能力が人より劣っているが、そこにいるだけで、まわりの人に幸せを感じさせてくれる長女の生き方に価値を感じたのです。長女の姿は、宇宙意識との一体化の姿です。過去世の経験から今世では、本人が障害時児の姿を望んで生まれてきたのでしょうか。

正観さんは、社会に渦巻く「思い」で汚れた心を「ありがとう」マントラを唱え続けることで、きれいに掃除されたのですね。そこに長女の姿、宇宙意識を受け入れたら、とっても幸せになり、周りの人達も幸せになったということですね。障害児は、人びとを救うために、宇宙意識が送り込んだ天使なのでしょうか。私の職場にも障害児がいました。仕事の能力は劣るが、いつも楽しい明るい雰囲気をかもしだして職場の空気を明るくしていました。

正観さんは、そこにいるだけで、まわりの人に幸せを感じさせてくれる宇宙意識との一体化の方法として、誰にでもできる便所掃除や、「ありがとう」マントラを提案していただいたのですね。ありがとうございます。

河内の翁 の紹介

飲食店の仕事を現役で行いながら、ご理解いただける仲間とともに、「かむながら」という生き方を実践しています。宗教、宗派を超越したものです。 「かむながら」とは、「常に根源神を意識しながら行動する」という意味です。 根源神とは、宇宙を創った存在のことです。宇宙の全て(私達を含む)は、創った存在(根源神)とは常につながっていますので、宇宙そのものとも表現できます。