会長ブログ | 大阪府八尾市の美家古

カテゴリー別アーカイブ: 超健康生活

超健康法・惟神(かむながら)の道3

<喜びにあふれた人々をつくる>

創造神が宇宙の最高傑作である人間をつくるなら、創造神のエネルギーである「喜びと愛」に満たされたものをつくるだろうということは納得できます。そして、その存在にそのエネルギーを使って宇宙を喜びに満ちたところにさせるだろうというのも、「がってん」です。

そして多くの人々にそれぞれの役割を与えて、素晴らしい宇宙の形成に携わらせるだろうというのも理解できます。

<変化する宇宙>

絶えず変化させることで、進歩の機会を与えているのも創造神のなせるわざなのでしょう。超健康法=惟神(かむながら)の道は、もう一つのポイントがあります。それは常に根源のよろこびのエネルギーにつながり続けることです。変化する宇宙は、今、次の宇宙の姿をつくります。

<今であって過去ではないのです>

仏教では過去の行いが未来を作るというように教えていますが、正確には過去ではなく今なのです。今の行動、意識が次の今をつくっていくのです。だから「惟神(かむながら)」は絶えず万物、万事に神を見て、今を行動するのです。「超健康法」も同じです。

<それは難しすぎて実行不可能です>

どの今も神を見、神を意識するなんて出来るはずがない。そう思われるに違いないと思います。しかし、考えないで行ってみてください。それが本来なのに、いま本来でないことをしています。その方が難しいことではないですか。神を見る、神を意識するといっても、喜びのエネルギーを万物や、自分の内に感じて意識するというだけです。

<喜びに浸っていることこそ楽で楽しい>

やってみれば「喜びに浸っている」ことがどれだけらくで楽しく生きれるか分かります。やるべきことが見えてきて、それを助けてくれる環境が起こってくる。これまでと比べたら信じられないような変化が起きてきます。この状態から離れる気が起こらなくなる。これが真実です。いま、世界はそれに戻る、本来の姿に戻る時期にきています。だから必ずできます。(続く)

 

 

 

農家と農薬・医者と薬・対話(環境とのつながり)

『あなたの人生が突然輝きだす魂のしくみ』(精神科医・越智啓子著)から紹介します。
「奇跡のりんご」といわれた無農薬のりんごを生み出した、青森の木村秋則さんが初めて沖縄に来てくださって1300人規模の大きな講演会がありました。
木村さんの講演会はユーモアたっぷりで、内容もすばらしくて、感動しました。一番びっくりしたのは、無農薬、無肥料、無除草剤でつくった野菜には全く虫がこないのだということです。かえって農薬を使った野菜にはびっしりと虫がつくそうです。

(中略}

自然のままにしておくと、害虫のアブラムシを益虫が食べてくれるのです。ずっと農薬や肥料を使っていると土地が固くなり、冷たくなって、根がのびのびと伸びていけない土地になってしまうのだそうです。ふかふかの温かい土地がいいのだそうです。
次にびっくりしたのは、無農薬・無肥料の自然栽培のお米はずっと腐らないというのです。今まで有機農業はいいと思っていたので、びっくり! 無農薬だけでなく無肥料も大切だと思いました。腐らないお米を食べたら、身体も若返るに違いありません。全くの自然でいいのです。目からウロコの講演会でした。これからの私たちも自然体で生きましょう!
無農薬、無肥料、無除草の農業に目覚めましょう! そんなお米や野菜を見つけて買う人が増えれば、農薬使用量世界一という日本の農業もきっと変わります。
できれば自分たちの食べる野菜や果物は、自分でつくってみましょう!
それも対話で育つのです。対話をしなかったりんごの木は枯れてしまったそうです。やはり、対話は大切ですね! 自分の身体の細胞たちにも話しかけて、『ありがとう』を言いたくなりました。」

このかたは精神科医で、病気をされましたが、現代医学では治らず、さまざまな代替医療を体験されました。私と同じですね。この考え方をしっかりと医薬にも反映してくれるでしょう。製薬会社と医療システムのはざまで苦闘は続くでしょうが。

私は5年間朝昼晩の3回、慢性腎炎の薬を飲み続けて薬害のために体中の筋肉の硬直を起こして、その治療に50年近い歳月を費やして、ようやく終盤戦を戦っています。リンゴ園の方も、もとの自然にもどすために10年以上の年月を戦ったと聞いたことがあります。

私も有機農法に挑戦したことがあります。有機肥料をつくるだけでも手間が余分にかかります。無肥料で育つ環境を育てるにはさらに長い年月がかかります。医薬をなくす環境(医薬なしの治療技術、医療報酬システムを含む)をつくるには、少なくともまだ100年以上はかかるでしょう。

私たちは自分の体もできるだけ医薬品を少なくして、宇宙の中で私たちを取り巻く存在たちと調和、助け合いの関係を再構築していきたいと思います。とりあえず、越智さんがおっしゃるように、まず私たちの体に「ありがとう」といって対話を始めましょう。

 

生活瞑想・これからの時代におすすめ

先日から何回か紹介させていただいた「生活瞑想」について説明させていただきます。私たち日本人には「瞑想」というと「座禅」がつきもののようですが、忙しい生活の中でその時間をつくるのは現実的には難しいし、また、「座禅」の時間がつくれる人でも「座禅」し続けることは不可能です。しかし、過去には不可能だった、「普段のように生活をしながら瞑想する」ということが、いまは、できる時代になったのだと思います。それを「生活瞑想」と呼ぶことにしました。

30年ほど前の話です。ある日突然、一人の行者が私の家に訪れました。父の軍隊時代の知り合いだったのか、詳しいことは忘れました。その人は、常に先祖を意識しながら、生活しているというのです。先祖の指示に従って行動し、先祖の許可がなければ便所にも行かないとおっしゃいました。こんな人とはいままでに会ったこともなければ、その後も会ったことがありません。たった数時間のご縁でしたが、私はそのとき、深い感動を受けました。この方の意識されていた先祖は高僧だったのでしょうか。それとも役小角の生まれ変わり?

ただ、私の求めているものとは何かが違うと思って、その後忘れていました。しかし、いま、「生活瞑想」を紹介させていただこうとして、思い出しました。「生活瞑想」とは、あのときの訪問者が行っていたことなのですね。

私が行なっている「生活瞑想」は、意識する対象が宇宙根源の神ですから、意識は自分や先祖だけでなく、環境である宇宙すべての存在に及びます。その違いはありますが、常に意識を特定のものにつないで生活するということは共通していますし、訪問者の方も行を重ねるうちに、その後、意識の対象が先祖から根源神に変わったかもしれません。

私の提案する「生活瞑想」のほうが、難しいように見えて、実ははるかに実行しやすいと思います。そういう時代がきたということもありますが、意識の対象が宇宙の根源神(前回紹介したカタカムナのアマナ)であるので、受け取るエネルギーが無尽蔵ですから、実行力に格段の違いが出ます。

歌手が空間と音の中に自分を響かせるごとく、あらゆる存在のなかに自分が滲み込み、響かせるように努め、本来の自分の役割を力強く果たします。根源神(カタカムナのアマナ)との強い強い結合の中に大きなエネルギーで花を咲かせ、環境に感動を与えます。

一挙手、一投足、根源神(カタカムナのアマナ)を意識して動く。宇宙を支える無尽蔵のエネルギーとつながります。宇宙に満ちている「気」もその一部です。全てに偏在する根源神(カタカムナのアマナ)に意識を合わせます。すべてに意識を合わせながら、自分を含めたどれにも執着しません。執着は根源神だけです。

エネルギーを高め、根源神(カタカムナのアマナ)の意識をしっかりと受け止めることに努めます。エネルギーを高める方法はそれぞれに工夫してください。先日紹介させていただいた性エネルギーを利用する方法もあります。マントラを唱え続けるという方法もあります。入り口はどうであれ、いったん強くつながってしまえば、直接にエネルギーが入ってきますのであとは楽になります。。

難しいことを簡単に説明させていただきましたが、詳しく説明しても同じです。体験しなければ何もわからないでしょう。しかし、体験する価値は十分あると思います。これで、これからどう生きるべきかという読者の質問に対する答えとさせていただき、この件はひとまず終わりということにさせていただきます。日常意識しない世界の話でとまどう方がほとんどだと思いますが、お付き合いありがとうございました。

 

出口王仁三郎のことば

『出口王仁三郎の遺言』(櫻井喜美夫著)を読んでいると、王仁三郎のこんな言葉に出会いました。

「地上の草木を知ろうとするなら、まずもってその土地を十分に調べてみなくてはならなぬ。しかるに日本人にして、日本を知らない者がある。

日本に生まれ、日本に育ちながら、日本の歴史、日本人の習慣性等については全くこれを知ろうとさえ努める者なき現代である。

―中略ー

日本人には日本固有の真の文明を知悉せしむることが刻下の急務である」(『月鏡』)」

これを読んで、学校で習ったのとまったく違う日本の歴史をようやく最近知った私は、これも伝えていかなければならないと思いました。

また、地元では長老が亡くなり、私達が聞いてきた歴史が次の世代に伝わっていない現実にも出会っています。このブログを利用して伝える機会を作っていきたいと思いました。