会長ブログ | 大阪府八尾市の美家古

月別アーカイブ: 2017年9月

超健康法(8)心と体をつなぐ体操

「マッサージ体操を続けるけれど、きみが行ってた「すごいこと」が気になるよ。先に教えてくれないかな。」

「もう少し、マッサージ体操に慣れてからのほうが分かりやすいと思ったのだが、気になるなら、話そう。」

「いや、後でも、分かりやすいほうがいいんだが。」

「そこまで難しくないので話そう。」

「体操系の選手がいうイメージトレーニングようなものだと思ってもらえばいい。」

「完成した理想の姿を頭に思い描いて、行なうということ?」

「そうだ。ここでイメージするのは、完成とか理想というのではなく、心が動くのと体が動くのとのつながりを強化するというマッサージ体操なんだ。体の動きより、その前の心(意識)の動きをトレーニングして、体とのつながりの部分まで強化するんだ。こころと体をつなぐところを強化する。強化するというと、なにか固くなってしまいそうだが、逆に柔軟にするんだ。」

「いままで説明しているマッサージ体操とは別のもの?」

「いや、同じなんだけど、同じ動作をしても、イメージを主体にして、体の動きは小さくなる。一般のイメージトレーニングと違って、ここではイメージだけでやるのではなく、イメージを主体にして、身体運動につなぐところを訓練する。」

「体の動きを小さくすればいいだけ?」

「うーん。量子的な固定した形がない心が特定の形を形成している物質の体に働きかけるしくみを強化するんだが。いままでのマッサージ体操は体の中の物質どおしのつながり強化だったのだが、今度は心と物質のつながりを強化する。つまり、人の体にある次元の違う関わり合いを強化するということになる。」

「量子とか、次元だとかいわれるとよけい分からなくなる。」

「理論的に説明すると、ややこしくなる世界なので、イメージトレーニングの方から理解してもらったほうがいい。」

「そうしよう。で?」

「このトレーニングの成果もすごい。体の奥から緊張を取り除くことができる。」

「奥からの緊張って?」

「針も届かない。指圧にも反応しない。体の奥。」

「?」

「もともと、こういうところが凝るのは、身体の動作とつながる、心などの精神的な働きの偏りからきている。だから、こんどは精神的なほうから弛めようということ。」

「なるほど。」

「これを鍛えることは、凝りをゆるめるにとどまらず、ものごとの実現能力を高めることにもつながってくる。心にしっかり描くことが実現への第一歩だというが、心が物質に働きかけるところをきたえることにもなるので、そのトレーニングもしていることになる。」

「うーん。確かにすごい。」

イメージトレーニング

 

 

 

 

 

 

 

 

カムナガラ(惟神)・古神道(心の制御はむずかしくない3)

 (『カムナガラ)惟神)・古神道(心の制御はむずかしくない2』から続く)

<私の心>

「君の言う感謝と奉仕で満たされた心とは具体的にどんなものなのか説明してもらえるかな。」

<全意識>

いつも話している全意識が基本的に宇宙の全てとのつながりを心に作っている。身体から入ってくる環境の全てだ。そしてそのすべてにつながる創造神、根源神と呼んだ方がこのばあいには分かりやすいかな、全てに存在する一なるものだ。心の奥でこの一なるもので全てとつながっている。

<個々の縁>

私も大勢の人に助けられて今、この命がある。それに応えるために、悟らせていただいたことから、今の人たちに実行可能な提案をしている。もちろん自分を与えていただいた創造神にも感謝、し自分にも奉仕している。」

 

<奉仕の縁>

「命の危険から救ってくれた人がいる。事業の失敗でお金の融通をしてくれた人がいる。その失敗を支えてくれた妻がいる。それだけではない。数えきれない人びとが私を支え、生きさせてくれた。それらの人のおかげで、今私は奉仕活動ができる。体中の筋肉が癒着して血行が悪くなり、それらを改善してくれた指圧の先生、筋治療の先生、気功の先生、ヨガの先生など、それらを数え上げればきりのない存在たちに感謝し、その分自分ができる奉仕活動する。」

<自分に対する奉仕>

「みんな、自分だけに奉仕している?」

「いや、自分にも奉仕できていない。この、理解しきれない高度な身体、精神のことは知らないし、知ろうともしない。その気持ちになったら、この前紹介した『春琴抄』(谷崎潤一郎著)の丁稚のように、いとはんのことを全力で知ろうとする。その気持ちで自分の体を観察することが第一段階だ。」

「じゃあ、われわれは、自分も大切にしていない?」

「そうだ。私なんかは、子供のころ、自分を大事にすることは恥ずかしいことだと思っていたくらいだ。」

「へえ、そうだったの。僕は自分を大事にしていたと思う。」

 

<感謝、味わいと奉仕>

「全ての存在が創造神の創られたものであり、その存在たちに感謝すると同時に、それを作られた創造神に感謝する。だから、すべてに創造神を意識し、その被造物である存在に奉仕する。奉仕する相手である存在の心が私の心の中にある。それらは主に人であるが、ときには、花であった、り動物だったり、味であったり、香りであったり、メロディーであったりする。それらに感謝し、それらを喜んで味わうことも、また奉仕である。」

 (『カムナガラ)惟神)・古神道(心の制御はむずかしくない4)に続く)

 

 これからのカムナガラ)惟神

 

カムナガラ(惟神)・古神道(心の制御は難しくない2)

 (『カムナガラ)惟神)・古神道(心の制御はむずかしくない1』から続く)

「水の恵み。空気の恵み。太陽の恵み。食物の恵み。木によってさわやかな空気を味わい、花によってやすらぐ。人の働きで安全な暮らしができ、食料が与えられる。こうしたことが分かれば、私たちはそれらに感謝する。元気のない花を見て水不足が原因だとわかったら、水を与えるようになる。それは創造神の創造物に対する奉仕だ。」

「確かにそうだ。感謝しなければならない。自然と奉仕するようになる。」

「意識して感謝するとそのつながりは強くなる。多くの環境との強いつながりが心に形成される。」

「なるほど。」

「感謝しようとする気持ちは奉仕しようとする気持ちを高め、なおつながりは強くなる。これが本来の人の心の働きだ。環境との調和が抜群にとれる。心は幸せだ。しかも、先日『春琴抄』で奉仕こそ人の最高の歓びだと紹介した。それは本来の姿だからだ。」

「奉仕か。でもなかなかそういう気持ちにもなりにくいな。」

「それはいま、環境とのつながりが希薄で、心が自分の利得だけで埋まっているからだ。他の多くのつながりによって他のものが持つ心で埋め尽くされたら、自然に感謝と奉仕の心で埋め尽くされる。その状態で全体の調和を取って働くから、頭で考える以上の成果を出す。」

「心に周りとのつながりがなくなっているから、自分の利得だけで埋め尽くされているというのか。」

「そうだ。古神道の時代は全ての存在に神を見たから、すべての存在に感謝し、奉仕しようとしたと思われる(文献がないから想像だが)。いまは、自分ひとりで生きているように錯覚して周りを意識しない。当然感謝もない。喜びは目先の利益にだけ見出す。奉仕は損だと思うからその喜びを知らない。心はそんな特殊な状況におかれてしまっている。そんな心を制御しようとしても難しいのは当たり前だ。」

「すると、周りを意識し、そのつながりで生かされていることを感謝し、奉仕で心が満たされば、自然に制御されるということか。」

「そうだ。世界が奉仕し、奉仕されながらそれぞれの命を生きるということは、創造神の創った世界が本来の形に戻ると言う事だ。本来の形にもどれば、もう心の制御は自動的に最高の調和をもって行われる。」

「なんとなく、分かる気がする。」

「超健康法のマッサージ体操は体が弛むだけではなく、そのつながりを体感してもらうためのものだ。続ければすぐ効果が分かるし、 その次の段階もすごい。それはお楽しみだ。」

 (『カムナガラ)惟神)・古神道(心の制御はむずかしくない3』に続く)

カタカムナのカムナガラ

カムナガラ(惟神)・古神道(心の制御は難しくない1)

「心って制御するのは難しいね。」

「それは人本来の心の使い方をしていないからだ。ほぼすべての人がそうなってしまってる。」

「人本来の心の使い方?」

「そう、宇宙を創ったのは誰?」

「創造神?仏?」

「名前いろいろあるだろうが、そのとおり。」

「別々にに創ったと思う?」

「?」

「もし、人だけ作って、野菜や穀物、果物がなければ人は生きていける?水がなければ?空気がなければ?」

「そうだね。」

「だから、必要なものをつなげて創ったのだ。」

「体操をしようと思っているのだけれど、ついテレビを見てしまって時間がなくなる。」

「分かるよ。心というものは、神が創った自動運転装置だ。それがなければ常に判断に迫られてなかなか行動ができない。その点、心があるから、体はかってにいつものとおりにこなしてくれる。」

「子供に頭ごなしに怒るのはやめようと思うのだが、怒ってしまった後で、いつも反省している。」

「わかるよ。ほとんどの人が心に振り回されている。宗教もその問題で頭を痛めてきた。」

「何が悪いと思う?どこに心の制御できない問題があると思う?意志が弱い?」

「そうだね。意志が弱いのだろう。」

「違うんだ。心を制御しようとするから大変なエネルギーを要する。心には、思いっきり自由には羽ばたかせてあげる。それでいて、最高の判断を自動で行なって素晴らしい成果をあげてもらう。」

「そんなことができたらいいね。」

「そのためには、『創造神は必要なものをつなげてこの宇宙を創った』ということを、まず、しっかりと確信してもらうことが必要だ。」

「うん。そうしよう。」

(カムナガラ(惟神)・古神道(心の制御は難しくない2)に続く)

カムナガラタマチハエマセ

 

 

超健康法(7)マット・腰

「もういちど仰向けになって、右膝を立てたポーズをとってくれる。」

「これでいいかな。」

「右腕は頭の下に於いて手枕をする。左手は左の腎臓の後ろにあてる。」

マット腰1

「そう。それで右ひざをゆっくり右に倒しながら、左手で腰、大腿の外側、膝(ひざ)をマッサージする。手をうごかすのではなく、体と脚を使って手にマッサージさせるという感じになる。」

マット腰3

 

「 続けて内腿をさすり、そけいぶをマッサージをする。」

マット腰2

「腰骨の内側を通り、腰骨の上に沿って外側に回し、腎臓に戻る。右膝(ひざ)も起こして最初の位置にもどす。これを5回から20回繰り返す。」

「反対側も同様にする。」

(超健康法(8)に続く)

超健康法(6)マット・膝・足首

(超健康法(5)より続く)

「こんどは、仰向けに寝てくれる。」

「OK。」

「右膝(ひざ)を立てて、左脚は伸ばして、左脚の足首は立てて置く。」

「足首を立てるって?」

「踵(かかと)を突き出すようにするんだ。」

「これでいいのかい。」

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「そう足先まで気が入る。筋肉のつながりができる。」

「左手で首を支えて、右足を左脚の膝の内側に乗せる。左右に軽く揺さぶるようにしてマッサージする。膝の内側についている筋肉を感じながらマッサージをする。」

「土踏まずでやるのか?」

「そう、土踏まずでやる。だけど、超健康法のマッサージは全身で行う意識が大切なんだ。同じようにして、次は指先、最後は踵(かかと)でマッサージする。もちろん全身を動かす気持ちでね。」

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「足首も同様にする。」

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「なんだかやりにくいな。」

「そう、最初はぎこちない動きしかできない。何回かやっていると、ピタッとくる、気持ち良いマッサージができるようになる。」

「そうかもしれないね。ふだんしない動きだからぎこちなくなってしまう。」

「最後にその足で足首と太ももにかけて、上下に撫でるようにさすっておく。反対側も同様にすればいい。」

(超健康法(7)に続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超健康法(5)マット・腕、肩、首の疲れがとれる

<少しやるだけでも変身できる>

「バリエーションは無数にあるといったが、全部やったほうがいいの?」

「いや、極端なことをいえば一つ覚えるだけでもいい。体の器官がすべてつながっていることを体感するだけで、飛躍的な進歩だ。」

「『全意識』がまだ分からないんだけど。」

「元に戻るだけといっても、時代的に忘れ去ってしまっているので、そう簡単でもないし、日常生活の赤で急がされるときとか、難しい処理に出くわしたときなど、『全意識』からはずれてしまうことがある。

だけど、気功や座禅、お祈りなどで一部で引き継がれてきたのだから、そう難しいことでもない。」

「それじゃ、まあ、そのうちに。」

「それでいいよ。これも少し、その習慣がつくだけで自分の周辺に大きな動きが起こるから自然と身に付く。それが新しいことをするのとは違う、それが『元に戻る』ことの特徴だから。」

「なにか、自分が変身できそうな気がしてきた。」

「それじゃ、パソコンや、スマホ、作業の専門化など同じ動作による腕の疲れを解消するマッサージ体操をしてみようか。」

「いいね。」

<腕、肩、首の疲れがとれる>

「まず、四つん這いになってくれる。」

「腕は伸ばしておくのかな。」

「足の膝もはじめは伸ばしておいて、次に足の膝を曲げておしりを踵の方に乗せる。足首は立てて置く。」

「腕は?」

「腕はそのままにしておく。左手だけで支えて、まず、右腕をはずして掌を上にして右脚の前に付けておく。」

「どのへんかな。」

「いまは適当でいいよ。そうだね。それじゃ、まず右ひざを持ち上げて、右腕を右側から膝の下に差し込んで、掌の上に膝を乗せよう。」

「痛い。」

「ごめん。体重をかけすぎたら駄目だよ。体重調整が必要なんだ。それを体全体でやる。全体と言っても、上体をまっすぐにした状態で腰の位置を前後するんだ。それで心地よいと感じる程度に体重をのせる。このマッサージ体操は全身を動かしながらやるのが基本だから、腰を前後に動かして感覚を楽しみ、味わいながら行う。」

「うん、気持ちいい。」

「そう、それが分かったら、その状態を探りながら、手をずらしていく。」

「そう、押さえたいところを膝の下にもっていく。手先、手首、肘裏と変える。」

 

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「こんどは腕の外側だ。手をかえして手の甲側を膝に当てる。指先、甲、手首、肘と手首の間と変える。」

腕のマッサージ1

 

「これだけでも、肩や首のコリがゆるむよ。脚や、腰、頭、方などのマッサージ体操もやれば、体はうそのように軽くなる。」

(超健康法(6)に続く)

大阪府八尾市恩智の古絵図

板倉さんが恩智の古絵図をお持ちだと聞いたので見せてもらうようにお願いすると、畳2枚くらいの大きさだということです。もっと小さくしたものはないのかというと、民族資料館の小谷館長がその古絵図をもとにA3の大きさで色分けしてつくられたものがあるというのでそのコピーを依頼しました。

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赤い部分が住宅地で、中央の横のラインが東高野街道、縦が恩智道で中央やや上の赤いところが恩智神社、青いところが山林、山林の頂上右上あたりで関電道路(大県信貴山線)に接しています。関電道路をはさんで、柏原市斎場の北になります。右上、ちょうど東南の角、この図では端が切れていますが、そこに番所があったということです。そこに大きなため池(立原池)があるのですが、これほど多くの池があるのに、この重要な池が書かれていないのは、この池はこの絵のあとにつくられた?やはり総池と共に乾亀松翁(恩智神社の駐車場にその業績を称える大きな碑があります)の仕事?

ここには乾亀松翁が創られた信貴山に向かう広い道、恩智道が書かれていないので地図はその時代以前のものでしょう。

この絵をもとに、「古絵図を歩く会」(今は名前が変わっていますが、50名ほどになっているとのこと)が旧の細い信貴越えの道を歩かれたとのこと。

 

天誅組と奈良県高取町・高取城

高取城址を見てきました。天誅組が大敗したのに対して高取城側は一人も負傷していません。城跡を見て十分納得しました。立て看板に日本三大山城のひとつだと書かれていました。それは立派な城だと人から聞いていましたが、正直なところ、登りはじめは、道は険しいし、後から夫婦連れの年配者がやってきていましたが、途中で引き返すだろうと予測していました。しかし、頂上から降りてきたところで出会いました。神戸からわざわざやってきたので、引き返す気にはならなかったのでしょう。頂上に登ると、大きな木が視界をじゃましていましたが、四方を見渡せる抜群の立地でした。

建物は残っていませんでしたが、残された石垣を見ると、そのしっかりとした山城が想像できます。ここに、500人や1000人攻めてきても高取城は200人でも十分に勝てる、そう感じました。高取城攻めは天誅組のあまりにも無謀な戦いだったとしかいえません。

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 天誅組の変

超健康法(4)マット(片膝立て)

(前回より続く)

<朝、目覚めた時に蒲団の中で>

「生命体の機能のひとつに、夜寝ているうちに、疲れをリセットしてくれるという不思議なものがある。それでも十分回復しきれないところをマッサージ体操で疲れをとるのが、非常に効果的だと思うのだが、できる?」

「となりに嫁さんが寝ているから怒られるよ。」

「じゃあ、仕方がない。マット体操としてできる部屋でやろう。」

 <片膝立て>

「じゃあ、まず、仰向けに寝て、右膝を立ててくれる。?」

3マット

「「これでいいかな。」

「OK。立てた脚で体を左右に倒しながら、マッサージをするんだ。

左手は横に広げて、右手は胸に置く。体を左に倒しながら、右手をずらすように肩から左手でさすっていく。伸ばした腕を、内側と外側を交互に上に向け、行くときは、腕の外側を、戻るときは腕の内側をさする。手だけでマッサージするのではなく、体全体でマッサージする。このときに、『全意識』になって、つながりを感じる。すくなくとも、体の内側のつながりは感じてほしい。これをしっかり覚えるのがポイント。反対側も同様にする。」

「マッサージの方法はこれだけ?」

「いや、バリエーションは無数にある。基本が分かればさまざまなマッサージ体操が自分でできる。」

(次回に続く)