古代の神々

友人)「古事記と日本書紀では古代の神々について矛盾があるとか。」

私)「いいよ。そんなことは、学者に任せておこう。私がここで紹介したいのは、前回紹介した本で著者の飯田正孝さんが記紀の神々をもう少し分かりやすい形に表現してくれたものだ。古代の人々が自然の中に感じた神、それらを2つの構造として分類してくれている。」

友人A)「その飯田正孝さんは、銅鐸を祭器として取り上げた人だよね。いままで銅鐸は何に使われたのか分からないとされてきた。恩智に銅鐸が2つも出ているというのに、それ以上何も進んでいない。」

友人B)「恩智からは5000年前の縄文土器がでているというのに、伝えられているのは神武東征以降の話だけだ。」

私)「そう言うなよ。これからだ。君らが調べ始めているということは、そう遠くない未来に分かるさ。恩智が物部氏の本拠地で、神武東征のときには、奈良県の富尾の方に移っていた。それが『魏志倭人伝』に出てくる卑弥呼の統治する邪馬台国だ。その邪馬台国を継いだ長髄彦(ながすねひこ)が義弟、饒速日命に殺され、饒速日命は神武との話し合いで、祖先神に問えば、神武こそ統治に相応しいと言われて政権交代をした。けっして武力で奪ったのではない、私はそう確信している。同じ祖先神を持ち、祖先神と強く結ばれた巫女的能力の強いもの同士だったから、次の統治は祖先神の命を受けた神武だと理解できたのだろう。」

友人A)「祖先神が、差し迫った大陸の脅威から日本を守るために神武を東征に立たせた。君はそう考えているんだね。天皇家の血筋は、巫女的な能力の強いものだと常々言ってきたね。」

私)「この祖先神とのつながる能力、これも「かむながら」の現れだ。記紀に登場する神話は縄文時代のものだから、その時代から天地創造の姿を感じ取る人々がこの地域に住んでいたということだ。」

次回に続く

 

 

 

 

神道とは何か?

私)「神道を紹介するとなると、厄介なのはどうしてあれだけの神々をつくりださなければならなかったのか?またどうしてそれが可能となったのか。そしてそれがどうして天皇家の祖先としなければならなかったのか?という問題だ。神道の本を紹介されたとき、第一に、そう思った」

友人)「その頃の中国大陸の勢力に対して、『日本書紀』で、日本というのはこれだけの格を持つ存在だということを示したかったのではないか?また、その中国大陸の勢力に対抗するために、日本国内の統一を図らなければならない。天皇家の祖先は、神なのだ、神が国内を統一しなさいと天皇家に委託した。そう、考えたのかな?」

私)「そういうことだ。神武天皇が東征の時に、常に祖先神を意識していたということはいたるところでわかる。一方、あらゆるところに神が存在していると感じる古代神道『カムナガラ』は天皇家にかかわらず、多かれ少なかれ、人々の生き方であったと思われる。さまざまな神の存在はすでにその時代に伝承されていた。

自然に備わる大きなエネルギーも、優れた人々の持つ各段上の力も、それは自分たちと似てはいるが、エネルギーの大きさは別格の存在であり、神と崇めたと考えられる。

そして、創造伸と天皇家をつなげることで、人々が天皇家をそのまま神の末裔として受け入れてくれることを期待したと考えられる。」

友人)「そうだろう。いまだと、そんなこと信じられないというだろう。しかし、科学が発達していないこの時代の人々になってみると、この考え方が普通だったと思うよ。だから、天皇家がいままで続いたんだと思う。」

私)「自然の中に神を見、人の中に神を見る。この古代の日本人の考え方こそ、日本国が世界で最も長く続いた大きな理由だろう。しかし、いま、科学万能の時代感覚で、神などいないという。多くの神社がさびれている。

いまこそ、あらゆるものに存在する神を意識する時だ。その奥に宇宙を創造した根源伸を味わおう。それが、私の『かむながら』なのだ。」

友人)「そうだったのか。またじっくりその話(『かむながら』)も聞きたいな。」

私)「これから、日本神話に出てくる神々を、『日本神話解明と古代文明』(飯田正孝著)から紹介しよう。」

 次回に続く。