見えない世界に通じる人たち2

Yさん)「おひさしぶり。お元気ですか。」

私)「はい。至って体調はいいです。ちょうどよかった。お話が聞きたいと思っていたところなんですよ。修験道で能力を高めるのは、主に山中を歩く身体の行が効果的なのですか。」

Yさん)「いいえ、そればかりではダメです。やはり、瞑想が一番です。瞑想によって、霊力は格段にあがりますよ。」

<修験道の行>

以前、ブログを書く目的で、安養寺に「火渡り行」の取材にいったときのことです。「奥がけ」という肉体行で、膝を傷めた修験者達に出会いました。それが、現代の修験者達の私の第一印象になっていました。

いま、飛鳥時代、呪術を使いまわし、空も飛んだという役小角(えんのおづぬ)が修験者の始まりだということを思い出しました。これも肉体行の印象があります。猿のように木から木へと飛び回る姿から誇張表現されたのでしょうが、常人にできないことまでできるようになっていたことは確かでしょう。

<肉体行を支える瞑想行・『つながり体操と波動>

これらの肉体行が瞑想に支えられていたことは重要です。瞑想は波動です。私の提案している「つながり体操」は、肉体に手や脳など体から出ている波動で体の中の滞りを解除します。ときには、対象は肉体ではなく、オーラなど、波動そのものにもアプローチします。

「つながり体操」のおかげで、宇宙の元は波動であることを体感しています。

 「つながり体操」では、瞑想というような表現はしませんが、感じているものは波動です。波動世界の体験です。波動世界の存在達が、個々の人間を助けてくれているのを感じます。

<60年ほど前まで、恩智で活躍していた行者たち>

Yさん)「60年ほど前、恩智にも霊力の高い行者が何人かいましたね。私の本家の土中に数体の仏像が埋まっているから掘り出すようにといわれて、掘ってみると出てきました。寺の跡地だったのでしょうか。」

私)「同級生も行者の話をしていました。家に問題が多くあって、行者に見てもらったところ、井戸が埋まっている上で台所の火を焚いている。ここをきちんと整理しなさいと言われて掘ってみると、確かに井戸があったそうです。

小学1年生のとき、私の家が全焼したあとに、行者が掘り起こすように指示したときは、何も出土しなかったのですが、その時代には、霊能力の高い修験の行者は数人いたようです。 

<特定の見えない存在につながって未来を聞く人>

私)「特定の神(見えない存在たち)に伺いを立てて、選択の参考にするというような半分宗教じみた活動をしている霊能力者もいます。この判断もよく当たるというので、何かあるたびに数時間もかけて、この人の元を訪れるという知人もいます。」

Yさん)「そうした霊能力というのは、瞑想の結果現れるようですね。私も長年の行で身に付きました。」

<宇宙は波動でできていることを知る>

私)「今回の『つながり体操』の成果として身についた『つながり思考』は、波動世界のつながり法則になるので、宇宙の全てとつながります。特定の存在とのつながりを超えて、本来の姿に戻るといってもいいでしょう。」

Yさん)「『つながり思考』って、まだよく理解できていせん。宇宙が波動でできているって、物質も波動でできているということなんですか?」

私)「はい、物質は波動がつくる1つの形といえます。だから、波動が宇宙のすべての存在の元です。元が波動だから、波動がさまざまなものをつなぐ、いいかえれば、すべての存在(物質も波動も)はつながっていると考えるのが自然です。つながり体操をしていれば、それが体得できます。

私があまり、深入りしたくなかった、見えない世界って、ただ、宇宙の特定の存在にだけつながるのがいやだっただけなのでした。すべてとつながるのなら、本来の姿なのですから。

<憑依霊を取り除く人>

私)「また、憑依霊もつながりのひとつです。ある程度の憑依霊を取り除くことのできる人がいます。目に見える自分という物質存在(霊という目に見えない物質存在も含まれます)と、望まない、目に見えない物質存在とのつながりによって起こる不都合を解除できるのはありがたいことです。それに憑依された状態の存在が自分だとは考えたくないし、そのままだと自分自身が思うように動けなくなる。そんなのもイヤですね。そういう好ましくない憑依霊に取り憑かれることの無いつながり力を育てておきたいですね。」

yさん)「ふだんあまり考えないことなので、急に言われてもよく理解できていません。」

私)「そうですね。まず、『つながり体操』を続けていただいてから、また、お話させていただきましょう。」

見えない世界に通じる人たち1

私)「Kさん、貴女は病気をされた後も以前のように飛び回っておられるのですか?」

Kさん)「はい。冬の間は寝てばかりの生活でしたが、温かくなってからは、縁あるところを走り回っています。九州、島根、伊勢など行ってきました。人と人とをつなぐ役割でしょうか。周りは心配してくれましたが、疲れは感じません。」

私)「そうですね。経済的にはお金を使うばかりで、自分の利益はありませんね。いや、その人たちはその無償の活動を通じて貴女を助けてくれますから、別の意味で、利益がないでもない。でも、貴女は学びのために行動されています。そうした行動を支えている見えない存在は、どんなものなのですか。」

Kさん)「先祖さんかなと思っています。」

私)「貴女の場合は先祖霊が多いようですね。お釈迦さんは、もっと能力の高い菩薩などの霊とのつながりを持っておられました。あなたも、金色に輝く観世音菩薩と出会われたこともありましたね。」

Kさん)「はい、私の知り合いの中にも、さまざまな見えない存在とつながっている人たちがいます。」

私)「意識できるかどうかを別とすれば、ほとんどの人が見えない存在とつながっています。でも、過去の私も含めてですが、その存在を意識しようとしません。目に見えない不確かなものを認めたくないのです。そのくせ、神社まいりすると、その見えない存在をしっかり認めて、いろいろ、お願いするのですが。」

Kさん)「私はいつもお願いしたり、聞いたりしています。」

私)「日常から意識している人がそうするのは、当然のことです。『つながり体操』をしていると、この自分の体が自分の想像をはるかに超えた被造物であることを知ります。そして、宇宙とつながっていて宇宙そのものであることを体感します。宇宙といえば、お知り合いの方で北極星とつながっているというめずらしい方もおられましたね。」

Kさん)「はい、さまざまな方がおられますが、私のまわりにはそのような方が集まられて、私はそうした方のおつなぎをさせていただいているようです。」

私)「そうそう、おじさんが『かむながら』という古神道をなさっていたという方、わたしの生き方に名づけた名称と同じだったのを思い出しました。いま思い起こせば、この方たちは、見えない世界で活発に活動していたのですね。名前が同じということで、関心を持ちました。ただ、見えない世界の活動をされているということが分かって、私の目指す生き方と異なると考えて、接触をやめました。

しかし、思えば、『つながり体操』から、宇宙がすべてつながっているとの体感を味わうと、この方たちの『かむながら』も私の『かむながら』も同じ世界の話ともいえますね。」

Kさん)「またお会いされますか?」

私)「成り行きに任せます。私のは身体全部と宇宙全部のつながりです。見えないものと言っても、特定のものに限られたものではありません。そしてそれは、個人の予測、意志、能力をはるかに超えるものです。必要に応じて、必要なつながりを創ってくれていることを意識します。私は、複雑で変化の速いこれからの時代を乗り切るための必要な思考法として、これを『つながり思考』と名付けました。」

Kさん)「よくわかりませんが、また機会があれば、ゆっくりお聞かせください。」