」「つながり力」と体5

友人A)「環境との一体化」ってどういうことなんだ?

私)「うん。これは体験してみないと理解が難しいかもしれない。感覚的な体験として、目に映る姿、いや,目だけではない、脳が捉えるといったほうがいいかもしれない。その私の体験を話そう。

段階1・色の認識だけ。最悪の状況では、私は信号の色だけ認識できる状況だった。しかし、優秀な治療師に3時間の治療を受けた後、その帰り道では、赤い色、青い色が輝いて見えた。

段階2・通常。ふつう、人は色彩の段階、変化まで見えていて、たとえば、植物だったら、水がたりているか、不足しているかぐらいの判断ができるレベルまで見えている。この段階までは、それらを対象物として見えている。

段階3・一体化1。環境が輝いている。その一つ一つは別個のものではなく、ひとつの存在だ。もちろん、その中に自分も含まれている。

段階4・一体化2・環境は自分と区別されない。表面の輝きより、自分も含めた奥でのつながりに意識がある。宇宙のもとの波動から物質存在とつながっている。

段階5・一体化3もあるかも知れないが私の体験はここまでだ。

これらの機能は『つながり体操』を通して、整えられていく。少なくとも、一体化1,2はそうだ。

 

『河内どんこう』26道鏡

先日同級生とあった。弟の墓石の前でしばらく話をした。私の一生がいりいろな人に助けられて生きてきたことを話し、毎日その人たちに感謝しながら生きていることを話すなかで、自宅が全焼したときのことに触れた。

小学2年生になったばかりの4月に、1つ下の弟を自宅の全焼の中で亡くした。翌日、包帯にまかれた弟の姿を見た。このとき、来迎時墓地では、まだその中に焼却施設があった。

その弟の棺が焼き場の中に収められるのを見て、弟に話しかけた。

「弟よ、これからは、この1つの体で一緒に生きていこう。」

弟は体を気軽に動かして、よく親の手伝いをした。私は考えることが好きで、体を動かすことはあまりしなかった。羊や牛の餌を準備するのは弟だった。たきぎも、山から採ってきていた。私は全く興味がなかった。

中学生のときは、勉強で有名中学で1番になる一方、水泳部でも活躍した。休み時間には卓球台に駆け付け、鉄棒では前回りの回数を競った。私たち兄弟は一つの体でまったく異なった性格を発揮していた。友達は、どちらかの私しか見ていない。

高校のときは、もう世間ではブームが過ぎてしまっていた哲学に興味を持ち、授業中も哲学書を読んでいた。歴史には興味はなく、数年前、ブログを書き始めたのが、歴史を学んだきっかけだ。時間はなかったので、30分で本を読み、30分で書くというのが日課だった。その中で、「ありえない。」「実際はこうではなかろうか。」という感覚が後でそれが正解だったということが多々あった。

こんな私が道鏡に触れたのが、数年前。万葉集の講義を受けていた時、先生が道鏡のことをメチャクチャ悪く言った。私は道鏡のことをほとんど知らないのに、それはウソだ。ありえない。と反論した。

『河内どんこう26号』は弓削道鏡の特集だ。昨年、由義宮が発掘されて、新聞の1面を賑わしたが、その30年前の座談会だ。万葉集の先生が言っていた「道鏡の袴には足が3本あって、真ん中は巨根でそれで孝謙天皇をたぶらかせて、自分が天皇になろうとしたとんでもないやつ」に近い考えの人もいるし、道鏡の小説を『河内どんこう』に連載している山野さんは、優秀な僧侶としてみている。私は歴史評論家の山本律郎さんの意見に近い。

「愛と政治に揺れた女帝に誠心誠意尽くし、孤独な女帝にとっては、ただひとりの味方であり、救世主だった為に、その女帝がそれに答えて恩寵して、異常な栄達を与えた。」(山本律郎)

若いときは、仏教の経典を学ぶことや、葛城山での行を行うなどの環境に恵まれて、サンスクリット語まで学んだ、そういう意味では恵まれた僧であった。しかし、祖先を神とまで崇めるほどの天皇家の優れた祖先たちとは通じることができなかったようだ。