会長ブログ | 大阪府八尾市の美家古

奉納和太鼓・芸術性

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今朝、蒲団の中で2時間余り、昨年秋に与えられた宇宙体操(マッサージ体操)を行いました。起きて鏡を見ると、和太鼓で出会った演奏者の目の輝きがありました。先日、帰宅して自分の目の輝きを確かめたのですがそのときにはその輝きはありませんでした。

頭部のマッサージを30分もしたのが、その決めてとなったのでしょう。もちろん、先日の和太鼓の演奏者の視線の強烈な印象が一番の引き金だったと思います。

芸術というのは、視聴者(観客)を精神世界の極致のエネルギーにつなぐものなのですね。演奏者はそのつながりを知っていて、その世界に入り込んでエネルギーに満たされる。それが虚空を見つめるあの視線だったのですね。そのうち、完全にその世界に入り込んで、満たされて演奏と同化し、やがて溢れ出たエネルギーを私たちに向けたのですね。

写真を見て、同化している姿が見られましたが、写真には無かった、私たちに投げかけるあの視線を体験しなければ、ここまでの感動は体験できなかったでしょう。また、後日、私が目の輝きを取り戻すことも無かったでしょう。

知性教育が過剰に行われている現状を危惧していましたが、それも行き着くところまで行き着けば、これからは、精神世界のエネルギーを楽しむ時代に変わっていくのでしょうね。

河内の翁 の紹介

飲食店の仕事を現役で行いながら、ご理解いただける仲間とともに、「かむながら」という生き方を実践しています。宗教、宗派を超越したものです。 「かむながら」とは、「常に根源神を意識しながら行動する」という意味です。 根源神とは、宇宙を創った存在のことです。宇宙の全て(私達を含む)は、創った存在(根源神)とは常につながっていますので、宇宙そのものとも表現できます。