会長ブログ | 大阪府八尾市の美家古

日別アーカイブ: 2016年2月15日

八尾市恩智・春日部大明神・奈良県田原本・多神社

同級生の大畑君が天川山・春日部大明神に関する資料を持ってきてくれました。

資料の中心は奈良県田原本の「多(オオ)神社(多坐弥志理都比古(オオニマスミシリツヒコ)神社)」でした。「多神社」は神武天皇の長子・八井耳命(ヤイミミノミコト)が弟に天皇の位(綏靖天皇)を譲って自分は「多神社」をつくって、天神地祇を祀ることにしたのです。弟に天皇の位を譲って自分は身を引いたことから「ミシリツヒコ」とも呼ばれる。、オホ(多)はイホであり、斎き祭るの意で、これは神八井耳命を指し、そのまま姓になった。その「多神社」に祀られている2神の神が河内国高安郡春日部に祀られている2神と同一であると、『多神宮注進状』に書かれてあるのです。

1つが八尾市恩智の天川山の春日部大明神と同じ神ではないかという推測があります。少なくとも、以前に紹介した天川山と数百メートル離れたところにある「天照大神高座神社」には、「多神社」の神と同じ神が祀られていることはウィキペディアの「多坐弥志理都比古神社」にあるリンクで分かっています。

2神とも同じ場所にあるとも考えられますし、「多神社」が「春日部神社」と称していたときもあることから、天川山春日部大明神がそれだともいえます。もちろん、1神がなんらかの事情で2箇所に祀られるケースも考えられ、両方とも正しいという可能性もあります。

明治元年に末社扱いとはいえ、恩智神社の中央に遷されて、恩智神社との関係で不思議な動きを感じます。

天川山も、高座神社もともに磐座を祀る古神道の古くから存在する神社だったとすれば、そこに「多神社」と同じ2神を祀ることにしたというのもうなずけます。神社というのは、時代がかわるとともに、まつりをした人が神になったり、その時代に勢力をもった豪族が自分の氏神を祀るようになるというようなことが行われるので、1神社では天皇の祖先神をまもりきれないという理由で、八井耳命(ヤイミミノミコト)が、河内の古社(磐座)に同じ祭神をもってきたのではないでしょうか。