大阪府八尾市神宮寺地区と狭山藩

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美家古の店の3軒隣なのに、何年か、拝顔してない坂野さんのご主人に、この1週間に2回お会いしました。今日はブログの話をして、お話を聞かせていただきました。

この地域は恩智・神宮寺連合町会といって、恩智地区と神宮寺地区の30近い町会が、町会活動はもちろんのこと、恩智神社の行事、恩智神宮寺来迎寺共同墓地の管理を協力しながら行っています。

私の小さいときは、恩智地区、神宮寺地区は対抗意識が強く、協同活動がやりにくいことが多々あったと聞いていました。

いまは、八尾市内の隣どおしの村なのに、江戸時代は、神宮寺は狭山藩、恩智は江戸藩で、習慣も考え方もかなりの違いがあったことに由来すると聞いています、。

今日は、その神宮寺の方の狭山藩の大庄屋(おおしょうや)であった坂野家の坂野寿章さん(84歳)からお話を聞きました。2000件ほどの共同墓地の中央に位置するきわめて大きな敷地を持つ坂野家の墓地があります。誰でも気にかかります。

坂野家は、狭山藩の奉行でもあり、狭山藩と淀藩の境にあり、両替の仕事をしていました。今でいう、円とドルの両替にあたるものですね。

札両替

当時は関東が金札で関西が銀札だったそうで、写真は小銭の軽量に使った道具のようです。

両替器

続きは次回に。

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カテゴリー: 河内の翁, 河内歴史 | 投稿日: | 投稿者:

河内の翁 について

飲食店の仕事を現役で行いながら、ご理解いただける仲間とともに、「かむながら」という生き方を実践しています。宗教、宗派を超越したものです。 「かむながら」とは、「常に根源神を意識しながら行動する」という意味です。 根源神とは、宇宙を創った存在のことです。宇宙の全て(私達を含む)は、創った存在(根源神)とは常につながっていますので、宇宙そのものとも表現できます。