江戸時代・寺の梵鐘と時刻

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親戚の辻野さんが毎月1回、近所の人たちに歴史や宇宙の話をしてくださっていますが、月に一度、90分、私も時間の都合がつく限り、話を聞かせていただいております。YOUTUBEなども見せながら、さまざまな道具を駆使した進んだ講義です。内容はかなりレベルの高いものです。

今月は江戸時代の時刻です。講義内容の一部を紹介します。

「江戸時代、私たちの時代とは違って、時計を持っているのは大名や豪商などだけでした。一般の人は寺の鳴らす鐘で時刻を知ったのです。

時の鐘の音はまず3つ打ちます。それから、刻(とき)の数を最初長く、徐々に詰めて打ったので、途中から聞いた人も今何時かが解ったのです。」

すごいですね。このようなしくみが人々の生活を支えていたのですね。いまもあれば私たちも、さらに便利だと思いますが、ただし騒音だという人に反対されるでしょうね。梵鐘の音は、人の心の浄化にもなったと思われます。

昔、「時そば」という落語がありましたが、十六文の蕎麦代を払うのに、さんざん蕎麦屋を褒め上げたあげく、「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、いま何刻(なんどき)だい。」「九つで」「十、十一、十二、十三、十四、十五、十六」と一文ごまかしてしまいます。これを見ていた男がさっそくまねをしようと、翌日、「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、いま何刻(なんどき)だい。」「四つで」「五つ、六つ、七つ、八つ…」と損をしてしまうというものです。

私は夜の時間の話を昼の時間でやったのだと思って、よっぽどバカな男の話だと思っていたら、そうでもないようです。この一文のごまかしがわかる男ですからそうではなかったのです。昼の時間に蕎麦を食べに来たのではなかったのです。

江戸時代の時刻は2時間おきに鐘を打ち、その鐘の数で時刻を教えていました。正午の2時間(11時から13時)は九つで、その後、八つ、七つと数が減っていき、20時から22時は四つで、23時から1時は再び九つから始まり八つ、七つと数が減っていきます。四つの次は九つなのです。

つまり、同じ時間に蕎麦を食べ始めていたのですが、この男は、あまりにもまずい蕎麦なので蕎麦屋を褒めることをしないで勘定をしてしまったものですから、九つにならない四つの間に蕎麦屋に時刻を聞いてしまいます。褒めて時間かせぎをしなかったために失敗した。これがこの落語の真相なのですが、この時代の時刻の数え方を知らなかった私はこの話を十分に楽しんではいませんでした。最近この落語を聞くことがなくなったのも、江戸時代の刻(とき)しくみを知らない私のような人ばかりになったからでしょうか。

カテゴリー: 一般歴史, 河内の翁 | 投稿日: | 投稿者:

河内の翁 について

飲食店の仕事を現役で行いながら、ご理解いただける仲間とともに、「かむながら」という生き方を実践しています。宗教、宗派を超越したものです。 「かむながら」とは、「常に根源神を意識しながら行動する」という意味です。 根源神とは、宇宙を創った存在のことです。宇宙の全て(私達を含む)は、創った存在(根源神)とは常につながっていますので、宇宙そのものとも表現できます。