資本主義の基礎・発展時代 大阪の歴史7(この1世紀3)

Share on Facebook
LINEで送る

『徒然れしぴ』(杉本吉徳著) 前回からの続き

「眼を台所のほうに向けます。1904年、この年に初めて大阪の町にガスが供給されました。と、申してみても、これはほとんど照明のためのもので、しかもこの出来事は、東京よりも20年も遅れてのことです。しかし、それには理由がありました。同じころの1882年、大阪には東京に先駆けて電燈が点いています。

JR大正駅を南に600メートルも行ったところに、大正区三軒家公園があり、その南隅に「近代紡績工業発祥の地」の碑が残ります。ここに『大阪紡績会社』(後の東洋紡)が設立され、31320錘という当時にしては途轍もない近代工業が操業を始め、天井には日本初の白熱灯が煌々と点り12時間交代、24時間操業が行われたのでした。

その翌年に『大阪電燈会社』が開業し、その2年後の1889年5月に、大阪市内(現、中央区、西区、北区の一部)の家庭に送電されるようになりました。

電気は電燈を点すことが、その目的として始まったのですが、ガスもまた、明かりを点すことから始まったのでした。明かりを灯すことが、東京・横浜ではガスで始まり、大阪では電気から始まったということになります。東京ガス会社が設立されて、10年も経ってからの契約口数が発表されています、灯火用が37000口に対し、燃料用が4000口です、人口に比してその契約数の少なさもさることながら、いかに燃料としての使用が少なかったことがわかりますが、当時の燃料としての主役は、まだまだ「薪・炭」であったのです。」

文章中、「錘」とは糸を紡ぐ道具です。18世紀の後半、イギリスに起こった産業革命はドイツ、フランス、アメリカ合衆国へと伝わり、、日本にも、それも当時は大阪にこのような企業が起ったのですね。一方、この時点では日本の一般社会はまだまだ旧体制からぬけきれなかったようです。

いまの資本主義の基礎ができて農業社会から産業社会に変わっていくことになりました。実に輝かしい時代になっていくのですが、いま、その資本主義も世界中で行き詰っています。もはや物質的なものの奪い合いの時代は過ぎ去ろうとしています。精神的なものは奪っても奪ってもいくらでも得ることができます。したがって、精神的な世界では奪うことに悦びが感じられません。与えて、与えて与えることが悦びになります。

次回に続く。

カテゴリー: 大阪歴史, 河内の翁 | 投稿日: | 投稿者:

河内の翁 について

飲食店の仕事を現役で行いながら、ご理解いただける仲間とともに、「かむながら」という生き方を実践しています。宗教、宗派を超越したものです。 「かむながら」とは、「常に根源神を意識しながら行動する」という意味です。 根源神とは、宇宙を創った存在のことです。宇宙の全て(私達を含む)は、創った存在(根源神)とは常につながっていますので、宇宙そのものとも表現できます。