宇宙意識1・老子

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『タオ・ヒア・ナウ』(老子著・加島祥造訳)は、『老子道徳経』81章から、15章を省いたもの。私が持っていた老子のイメージとは、まったく違ったこの内容。驚きです。いまの「道徳」とはほど遠い、もっとも深遠なる存在を書いたものでした。私が常に意識しようとしている「宇宙意識」を老子はタオ(道)と呼んでいたのです。私はこれまで、タオはいまの道徳のようなものと勘違いしていました。

老子は、紀元前6世紀くらいの生まれだとされています。160歳から200歳くらいまで生きていたとされるが定かではありません。

その頃にこのような考え方ができたというのは驚きです。しかし、

「私が説いているいるのは、たいへん単純で分かりやすいことだ。また、実行するにしても、ごくやさしいものだ。それなのに、ひとは私の言うことを理解しないし、そのような生き方をしない。

私の言葉は、あの深く遠いところから出てきたものなんだ。そしてひとの心の中心にあって、いつでも生きている原理なんだ。」(『タオ・ヒア・ナウ』老子著・加島祥造訳)

当時もこの宇宙意識はごく少数の人にしか受け入れられなかったようです。現代でも、これまではそうでした。しかし、いまからは違うでしょう。多くの人たちが気づいて求めていくようです。現代社会はあまりにもストレスが多くなり、心身を休める時間が少なくなって、人びとはこのままの生き方に限界を感じています。そして科学もすすんで、宇宙創造の仕組みもわかってきて、創造神、すなわち宇宙意識まで意識しはじめています。

日本の神についても、いままで何の記述もないからと、無視してきた、天の御中主はじめ造化3神にまで意識が及ぶようになっています。本にしても、がんばって成功しようという内容から、頑張らない生き方、楽しむ生き方をすすめる本が多く出始めています。宇宙意識ということばも相当使われるようになってきました。かつての私のように、老子を知らなかった人、老子のいっていることが理解できなかった人も、このタオの世界を意識しなければ、この激変の時代を乗り切れないでしょう。

カテゴリー: 宇宙意識, 河内の翁 | 投稿日: | 投稿者:

河内の翁 について

飲食店の仕事を現役で行いながら、ご理解いただける仲間とともに、「かむながら」という生き方を実践しています。宗教、宗派を超越したものです。 「かむながら」とは、「常に根源神を意識しながら行動する」という意味です。 根源神とは、宇宙を創った存在のことです。宇宙の全て(私達を含む)は、創った存在(根源神)とは常につながっていますので、宇宙そのものとも表現できます。