宇宙意識2・老子によるタオ

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『タオ・ヒア・ナウ』(老子著・加島祥造訳)から、いくつか抜粋して、コメントのかわりに「私」と「師」の会話をつけます。

「タオ(道)というのは、からっぽの底なし井戸に似ている。いくら使っても決して使いつくせないんだ。底なしのどこかから、役に立つものが限りなく出てくる。だから利口や金持ちになる必要はないし、先を考えてあくせくしなくなる。そうなればだれも平安なLifeを過ごせるんだ。」

私: タオの世界はすべてのものをつないで、お互いに助けてくれる働きがあります。何があっても君はそんなに心配する必要はない。知性が考えるように能力の劣っているものが生きていけないわけではない。どんな人も生きていける。能力がすぐれているからといって、豊かな生活ができるわけでもない。知性の世界では考えられない働きです。人という、こんなデリケートで力のない存在がこのように生きていけるのは不思議だ。一人の人に大勢の守護霊がついているに違いないと思っていました。人が支え合って生きているという姿は、このタオの無尽蔵なエネルギーの世界が支えていたのですね。

師: そうだ。人は、知性が思うようにあくせくしなくても、生きていけるのだ。それがタオの世界のしくみだ。金持ちになったからといって、知識を増やしたからと言って、幸せに暮らせるのではない。最近はみんな緊張がとれない生き方をしている。目先のものを取り合ったり、人より優れようとするから、ゆとりがない。そんなにがんばらなくてもいいんだよ。ストレスが限界に達したから、そうアドバイスする人も増えてきている。そう、タオの世界は、人が知性で考えるのとは違う働きをしている。個人が自分の知性や努力でがんばっても微々たる力だ。タオの無尽蔵なエネルギーの世界が宇宙のすべての存在を支え、変化させていっているのだ。」

「このタオ(道)というものの、特色をあげるとすれば、なによりもまずからっぽということだ。それでいて、このからっぽなものは限りなく使うことができる。いくら注いでも、なお受け入れ、何を取り出しても、なお出てくる。そういう不思議な深い淵だ。あらゆるものの源だと言える。」

私: 虚(から)だからいくらでも入る。虚(から)なのにいくらでも引きだされる。有限な物質界の知性では考えられませんが、いまはよく分かります。無から有が生じ、有は無に帰る。いまの世は科学も進歩してエネルギー不変の法則というのがあります。ダークマターというエネルギーが物質をつくっている。そこまで分かっているから知性的にもある程度の理解はできます。

師: 科学もその程度まで進歩してきたが、「つながり」という仕組みまでは十分、分かっていない。つながりがあるから、必要なものはいくらでも出てくる。それなのに知性は、物質間どうしの間を遮断する考え方しかしない。特徴ある存在に名前をつけて、独立した存在であるかのようにとらえようとする。だから、ますます、つながりの意識がぬけてしまう。

「タオという谷は、けっして死に絶えない命だ。『神秘の母』とか、『すべての母』と呼んでもいい。この神秘の母の入り口から入ると、天地の根っこに達するわけさ。そこからの湧き出るものは、コンコンとして尽きない。まったくこの命はいくら汲んでも、汲んでも尽きないものなんだ。この天地は、悠久無変のように見えるが、それというのも、絶えず変化して、新しくなり、さらにまた変化していくからなんだ。自我なんかに執着しないでこの悠久の変化に応じてゆけばいいんだ。」

私: 「根っこ」といわれて、私「が根っこ」を見ていなかったという記憶を思い出しました。あるとき、実のなる木を描けと言われて、幹と実と枝はかけても根が描けなかったのです。その頃の成功や成就の教育には根はありません。枝から実をいかに多くもぎ取るか、目先の勝負に明け暮れていたのです。それから山に登って木の根っこを見て回りました。お粗末な意識だったとおもいます。むろんタオという根っこなど意識していませんでした。

それが、いま、目に見えない天地の根っこまで知ることになりました。ここから汲んでも汲んでもつきないエネルギーが湧き出ています。そしてそのエネルギーは絶えず天地を変化させています。いまはこれに気付いてあらゆるものの中に、宇宙意識を見つめるようになりました。

師: そうか、タオの世界を受け入れたのだな。いままでは小さな井戸の中の蛙の生活だったが、これからはタオの世界で活動できるよ。それでこそ、人として生まれた価値があると分かるだろう。本当の大きくて深い世界を楽しみなさい。

「天地の働きを知っている人は、先を争ったりしない。いちばん後ろについていれば、そこがいつしか先頭になることを知っているんだ。肉体は自分のものじゃないと知っているから、かえって大切に扱うんだ。そんなふうに、わがままな気持ちで自分を扱ったりしないから、自分というものが充分に生きるんだ。」

私: 私はかつて、努力を通り越して執着の生き方をしてきたようです。変化するものに、執着して変化とともに、衰えていくものに執着していながら気づかずにいるのは、余裕のない努力と執着心のなす技です。タオは常に小さな知識や自我にとらわれず、知性を超えて柔軟に対応していく生き方です。ときには、知性ではマイナスにしか見えない選択もその変化の先を感じて行うようになりました。注意していれば、宇宙意識は変化の先を教えてくれることが分かりました。

師: そうだ。タオは感じ取るしかない。そこに強くつながることが大切で、そこは知性を超えた宇宙意識の世界だ。そこを変えようなどと考えても膨大なエネルギーの前にはなんの力にもならない。流れを感じとって、慎重にしたがっていくしかない。そうすれば君の何倍もの力が君とともに新しい変化を作り上げるだろう。

私: 私は、幼いころはタオの世界にいましたが、中学生のころから、知性だけの世界を長く生きて、最近、再び、タオの世界にもどったので、その違いをはっきりと感じています。タオの世界は、自分に必要なものが湧き起ってきます。最少の努力で最大の結果がでます。一人の努力は多くの人につながり、それらの人々の努力に支えられます。知性に頼る努力が、砂上の楼閣のように崩れ去る経験を繰り返してきた私にとって、まったく別世界にいるようです。

師: 右に振れた振り子が振り切れたとき、今度は左に振れる。君は長く右に振れたから、今度は同じだけ長く左にふれるだろう。これからはタオの豊かな世界で暮らすことができる。タオの世界のエネルギーは尽きることがない。君の繊細な意識で、水のようにこの世界に染み渡ってくれ。

私: 私は早くから、知性ではこのことを理解し、そのように生きようとしてきました。しかし、成果が急にあがったのは、マッサージ体操を宇宙意識から教えられて、体の調子が急変してよくなったときからです。体を知り、元にもどす作業をしていくと、心も急速にタオにもどっていったのです。

師: 君は「つなぐ」というテーマで、その体験をみんなに伝えなさい。人と本来つながっているはずのタオの世界が、知性の魔力でふさがれてしまって、人びとは過去の君のように、無駄な努力に明け暮れている。これから、さらに君がタオの世界を楽しめば、周りの人びともその楽しみを知ることになるだろう。君の振り子が知性の世界に大きく振れた分、タオの世界でも深く大きく振れるだろう。

「何よりもすすめたいのは、『みずのようにあれ』ということだ。水は、あらゆるものに命を与える。養ってくれる。大変な力をもっているのに、争わないのだ。人のいやがる低いところにも、流れ込んでいく。(中略) ところで、こうした人の生き方を貫くのは何かといえば争わぬというひとすじだ。」

私: 知性に偏った生き方から、タオの世界の生き方に移りつつあるのですが、その重要なひとつに争わないという生き方を知りました。「つながり」によって、宇宙の全ての存在は支え合っています。あらゆるものに力を与え生かしていく、宇宙意識の働きです。宇宙意識に身を委ね、拒絶したり争ったりしないで、愛の心で、あらゆる存在の心に浸透していく。一体化というつながり力です。これによって、目に映る姿が一変しました。

師: そうか。そのように変わったか。タオの世界は争いの無い世界だ。あらゆるものに力を与える支え合いの世界だ。奪うのではなく、与える世界でもあり、支え合う世界でもある。争わずに浸透していく。

「なにもかもギリギリまでしないで、。自分のやるべきことが終わったら、さっさとリタイヤするのがいいんだ。それがタオの自然な道なのさ。」

私: これまでから、余計なおせっかいはしてきていないつもりだけど、自分の役割については、固執していたかもしれません。新しい役割もある。世の中はどんどん変わっているのだから。いまのことを止めなければ新しい役割を受け入れられない。その勇断も必要だということですね。

師: そうだ。宇宙意識を知ろうとすれば、変化に意識を合わせる姿勢も大切だ。これからは変化を味わいながら生きなさい。新しい役割に即、順応しなさい。新しい役割は君をもっと生かしてくれるだろう。君はその新しいその成果を楽しむだろう。

「われら、肉体と心を持つ者は、ひとたびタオの大道につながれば、体と心は離れないようになる。いのちの流れにやわらかく身をひたしたならば、心は生まれたての赤ん坊みたいになるのさ。(中略) 頭であれこれ作為しないこと、タオに生かされているのだと知ること、それが無為ということだよ。なぜって、この時こそ、君のなかにライフ・エナジーがいちばんよく流れるんだ。これがタオという道のパワーなんだ。」

私: 私は、体を支配するものは心だからと、心をきたえることがまず第一だと考えていました。いま、体をメンテナンスすることで、体が自由になり、エネルギッシュに変化して、体と心は表裏一体の関係でつながっていることに気付きました。自我を無くさなければ、宇宙意識が見えてこない。体も、汚れを掃除してやらなければ、宇宙意識のエネルギーが満たされない。身体は固いところがなくなっていき、赤ちゃんのように柔らかくなっていっています。

師: そうか、体からタオの世界になったのだな。タオのエネルギーを十分に受け取ってくれ。そのエネルギーがさらに君を変える力を与えてくれるだろう。

「土をこねてひとつの器を作る。中がくりぬかれてうつろになっている。うつろな部分があって初めて、器は役に立つ。中までつまっていたとしたら、何の使い道もない。(中略)我々が役立つとおもっているものの内側に、つねにからのスペースが、あるということ。この何もない虚のスペースこそが、本当の有用さだ、と知ってほしいい。」

私: 私自身が器になろうとしています。宇宙意識に対して、虚(から)の器を用意しています。自我はすぐに無くしておきます。

師: 自我を無くすということは、難しいよ。でも、宇宙意識を味わうと自然に消えるものさ。そんなに、固まる必要はない。タオは柔らかい世界なんだ。

あらゆる働きをはらんでいる空間―虚のスペース。そこに、さまざまな彩りの光が差し込む。すると、人はそれに目を奪われ茫然となる。(中略) 世俗の欲望を捨てろというのではない。しかし、空間の大いなる働きというのは、私たちの内側にあるんだ! 虚のエナジーボックスがあるんだと、そこに気がついてくれればいい。そうすれば、物事に夢中になりすぎた時、そこからすっと離れる力も知恵も、出てくるのだ。」

私: 本来の人は宇宙意識の一部でもあり、その分け御霊と呼ばれるので、宇宙意識と強くむすばれているはずです。しかし、知性が、そのつながりをふさいでしまったのです。社会的な洗脳とも言えます。目に映る物質的なものに目を奪われて、全てがその元が内なるエネルギー、タオから生じるものであることを忘れてしまったのです。気づいてからも、この洗脳を解き放つのは容易ではありませんでした。しかし、タオに気づいて、意識が、タオにつながると、タオから考えが出てきます。知性では予想もできなかった動きが生じて、その動きに身を任せるようになります。いままで夢中になっていたものから、すっと執着が解けて、本来の自分に、タオの世界にもどったのです。

師: おめでとう。ようこそ、お帰り。タオへ。いままでの君が無駄だったとは言わないよ。その経験がこれからの君をしっかりとタオへ結びつけることになるのだからね。でも、これからが本当の君の人生だ。いままでの世界と全く違った喜びに満ちた毎日があるだろう。エネルギーに満ちた道を歩むだろう。これが本来の人生であり、宇宙意識の世界なんだ。

私: はい、気づき始めています。ある宗教では宇宙の元の神の前に出るのに「勇み心になりてこい」といいます。そうなるように修行しなければならないのだと思っていましたが、本来の姿に戻って、タオにつながると、それだけでエネルギーたっぷりの勇み心になってしまうのですね。宇宙意識に意識を合わせて働くから、目に見えないつながりで仲間たちが助けてくれて、すること、なすこと、自分の努力の何倍もの力となるのですね。確かに、いままでの世界と全く違った喜びに満ちた毎日です。

師: こんな素晴らしい人生があるのに、多くの人はそれを知ろうとしない。でも、その時が来ている。まず、君が大いに楽しみなさい。そして、愛に満ちた繊細なつながりをつくりなさい。そのつながりを強めなさい。信の深さで宇宙意識がそれに応えて何かをしてくれるのではない。信の深さがそのまま、宇宙意識を受け取るのだ。信の深さは受け取りの大きさなのだ。

カテゴリー: 宇宙意識, 河内の翁 | 投稿日: | 投稿者:

河内の翁 について

飲食店の仕事を現役で行いながら、ご理解いただける仲間とともに、「かむながら」という生き方を実践しています。宗教、宗派を超越したものです。 「かむながら」とは、「常に根源神を意識しながら行動する」という意味です。 根源神とは、宇宙を創った存在のことです。宇宙の全て(私達を含む)は、創った存在(根源神)とは常につながっていますので、宇宙そのものとも表現できます。