宇宙意識3・タオに深く通じた人々

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『タオ・ヒア・ナウ』(老子著・加島祥造訳)から紹介します。

「古い昔にはこのタオに深く通じた人々がいて、神秘への深い知恵と理解力を持っていた。彼らの知恵は深すぎて、はかることができなかった。なぜならタオそのものが、はかることができないものだからだ。だから、この人物を描きだそうとすれば、詩のようなたとえでしか言えないのだ。

彼は慎重で用心深いこと、あたかも冬の水の流れを渡る人のようだ。心が機敏に働くさまは、危険な森を通ってゆく人そっくりだ。慎重で丁寧な言葉は、訪問してきた客のようであるし、やわらいだ態度は、氷が水に溶けていくさまを思わせる。

その素朴な様子は、切り出したばかりの白木のようだし、心の広やかな姿は、大きな谷のようだ。そしてその谷川のように、たとえ濁ることはあっても、平気でいる。このような人だから、濁った世の中でゆったりとくつろいでいられるんだ。濁りが消えるまで静かに待てるんだ。なぜなら、タオの働きによって、やがて済んだ水に戻ると知っているからだ。

このタオの働きを心に抱く人は、水を注ぎこんで、無理に濁りを消そうとはしない。そんなことをしたって、すぐには澄まないと知っているんだ。だから彼は消耗しない。いつも『自分』でいられて新しい変化に応ぜられるのだ。」

初期の世界にはこのようなタオの人が多くいたことは想像できます。しかし、このような人びとによって、多くの有用なものがつくりだされると、それに気をとられ、物質的なものだけに意識をもつように変化してしまったのですね。分からないわけではありません。しかし、その有用なものより、はるかに大事なものを失ったことは、人生にとって失敗ともいえるほどの大きな損失であったことは確かです。

でもタオの世界は時が来れば、必要に応じて、再び元の世界にもどろうとします。その時が今のようです。老子のときとは違ってさらに進化した形で元にもどるのです。そのような人の姿は今ならどんな姿になるのでしょうか。そのような人に出会えるチャンスが今にはあるんですね。

カテゴリー: 宇宙意識, 河内の翁 | 投稿日: | 投稿者:

河内の翁 について

飲食店の仕事を現役で行いながら、ご理解いただける仲間とともに、「かむながら」という生き方を実践しています。宗教、宗派を超越したものです。 「かむながら」とは、「常に根源神を意識しながら行動する」という意味です。 根源神とは、宇宙を創った存在のことです。宇宙の全て(私達を含む)は、創った存在(根源神)とは常につながっていますので、宇宙そのものとも表現できます。