ブログ再開します

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<ブログ再開します>

 私)9か月もお休みをもらったが、ブログ、又書くよ。

友A)期待しているよ。

 

私)以前は、仕事の一部として1日30分を目安に材料を入手して書いたのだが、O君にもずいぶん世話になったな。

友O)いや、いいかげんな地元の歴史を書く人がいて迷惑だったから、資料を集めただけだよ。

私)小学校以来の君との再会だったね。私が歴史が苦手なのに、歴史を書かなければならなくなった。それで歴史の得意な君に助けを求めたんだよね。まず30分以内に行ける史跡につれていってくれと。

友O)その時に車の中で、地元恩智の歴史で学者がとんでもない誤りを書いていると君に話したのだよね。僕はその誤りを訂正したかった。

 

<恩地左近が書いたもの>

私)A君には、恩地左近が書いたものを見せてもらったね。楠木正成の子、正行を教育するためのものだったが、僕は感動したよ。

いま大河ドラマ「韋駄天」で嘉納治五郎がでているよね。彼が柔道の普及に貢献したのだが、その「柔よく剛を制す」の精神がそこに書いてあったのだ。明治の時代ではなく、南北朝の時代に…だよ。

<楠木正成と忍者>

友A)楠木正成も大河ドラマ「太平記」に登場したが、どうしてあれだけの活躍ができる力を持っていたのか。伊賀の忍者の里との関わりがあったからではないかと思っている。情報だね。楠木正成は多くの情報を入手していた。

<武力だけではなく血縁力>

私)楠木正成は天皇家の子孫、「たちばな」の一族で、天皇家と同じようにその時代の有力者、正成の場合は東高野街道や大和川の沿道の有力者と婚姻関係を結んでいたのだよね。

神武天皇が長髄彦(ながすねひこ)を制することができたのは、武力ではなく、そちらのつながりによるものだと私は思っている。

それ以来天皇家は豪族と婚姻関係を結んで、世界でも類を見ない長い統治を実現している。

友A)東高野街道や大和川の物資の輸送は沿道を制する楠木正成に頼らなければできなかったようだよ。

a 今の恩智川(恩智川も水運につかわれたかも?)

私が情報が大事だというのは、どの時代でもそれによって、適切な展開ができるからなのだ。私は、この会に情報を集めて町おこしをしたいと思っている。誰かが何かを始めなければ何も起こらない。

友O)僕らはもういい年だから、若い人を集めなければならない。

 

 

<歴史にしろ健康にしろ、自分という「人」を原点から見たい>

私)そうだね。ブログを読んでくれるのは、若い人たちだから、その人たちを意識して書くようにするよ。いままでのブログを読み直してみると、歴史にしろ、健康にしろ、「人」が私のテーマだね。

多くの人が、自分という「人」をもっと深く、原点から見るようにしていきたい。そして、今の数倍以上のパワーを発揮して生きてもらいたい。

引き続きの力添え、よろしく頼むよ。

カテゴリー: 河内の翁 | 投稿日: | 投稿者:

河内の翁 について

飲食店の仕事を現役で行いながら、ご理解いただける仲間とともに、「かむながら」という生き方を実践しています。宗教、宗派を超越したものです。 「かむながら」とは、「常に根源神を意識しながら行動する」という意味です。 根源神とは、宇宙を創った存在のことです。宇宙の全て(私達を含む)は、創った存在(根源神)とは常につながっていますので、宇宙そのものとも表現できます。