「つながり体操」ってどんなもの?-2

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<つながりの意味>

 客人)「マッサージ体操」というのは、マッサージと体操が組み合わさったものかなという感じでなんとなくわかります。しかし、どうして正式名が「つながり体操」なのですか?

私)この体操を進めていけば、自然に気づいていきます。体は部分を寄せ集めたものではなく、本来ひとつのものです。ひとつのものが進展してさまざまな部分ができています。つなげたものではなく、つながったものなのです。

  したがって、部分ごとの体操というイメージを止めて、つながった全体を調える体操というイメージを持っていただきたいのです。

<精神体操>

 そして、さらに精神体操にまでつながると、当初のマッサージのイメージが小さくなるので、正式名は「つながり体操」ということになります。 

客人)精神体操などと言われるとわけがわからなくなります。

<手当>

私)今の段階でそれを説明することは不可能に近いものがあります。体験した先では、簡単な説明でご理解いただけると思います。難しそうに見えますが、難しくは有りません。ところで、「手当」という言葉を聞いたことがありますか。

客人)手を当てて病気を治す手当」ですか。

私)そうです。子供が打ち身をして泣いているときに、打ち身の場所に手を当てて、「痛いの痛いのとんでいけ!」と言ったことがありますか?

客人)おふくろが私にしてくれたのは覚えていますが、私は子供たちにはしていません。

私)あなたは、「手当」は気持ちのもので、本当は治療効果などないと思っているのではないでしょうか。

客人)効果を信じていないわけではないのですが、「手かざし」をする宗教もあるので、あまり気持ちは進みません。

私)その宗教が、誰もが持っている、この人間の本来の能力を利用しているだけで、本来、特定の宗教のものではありません。

手が、自分の体にふれることによって、体に変化が始まり、血行がよくなり、体のコリが体の奥底から消えていくのです。

 この手当に体を動かすことを加えることで、全てはつながって存在しているので、つながりのパワーがアップされて、心身の状態が極めて健やかになるというものです。

<つながりを味わう>

筋肉を鍛えるのではなく、つながりを味わうという意識です。味わうことで、人本来の姿にもどるのです。

カテゴリー: 河内の翁 | 投稿日: | 投稿者:

河内の翁 について

飲食店の仕事を現役で行いながら、ご理解いただける仲間とともに、「かむながら」という生き方を実践しています。宗教、宗派を超越したものです。 「かむながら」とは、「常に根源神を意識しながら行動する」という意味です。 根源神とは、宇宙を創った存在のことです。宇宙の全て(私達を含む)は、創った存在(根源神)とは常につながっていますので、宇宙そのものとも表現できます。