大阪府八尾市恩智(恩地)は超上忍者の里

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<「つながり体操」による出会い>

「つながり体操」の効果として、目に見えないつながり力が強化されて、絶妙の出会いが増えてきます。今回は、このタイミングで、『忍者の教科書』(伊賀忍者研究会編)に出会いました。わずか48ページの本ですが、『新萬川集海」という副題をつけているように、忍者の世界をわかりやすくまとめていました。いまの人がすんなり理解できます。

<忍者の主な仕事は情報の収集>

忍者の主な仕事は情報の収集でしたが、それは命がけの危険な仕事でした。忍者であることは絶対に人に知れてはなりません。伊賀や甲賀は山間の隠れ里でその点では、恵まれていました。

しかし、楠木正成と恩地左近の深い絆から、恩地やその周辺にもこの忍者たちが住み着いていたと思われます。赤坂城の戦いで使われたにわとりを持ち帰って恩地に住んでいた武士、赤坂城の戦いのときに楠木正成が死んでしまったと泣き降らして敵を欺いた者の末裔が最近まで恩智に住んでいたこと、古代に機織りの技術を伝えた渡来人「はたおりべ」の先祖を持つ伊賀の服部半蔵と同じ服部の姓が隣の垣内地区にあること、猿楽の元締めが恩智にあったことなど、忍者色が強くただよっています。

<忍者であることを完璧に隠した恩地の忍者>

しかし、忍者がいたという話は全く残っていません。これは伊賀よりさらに忍者色を消した、上級忍者の住んでいた可能性を示すものではないでしょうか。そういう意味で恩地の忍者は超上級の忍者だったと思われます。

<縄文の神の上?でこの本を読みました「カムナガラ」>

縄文時代は大きな岩を神として扱いました。それは人に元気を与える大きなエネルギーを持っていることを感じていたからだと思います。いまそれに気づいたのが岩盤浴ではないでしょうか。私は大きな岩(神?)に敷物を敷いて30分ほど本を読みました。私はこの習慣を「カムナガラ」の一つにしています。元気が回復しました。

カテゴリー: 河内の翁, 河内歴史, 超健康生活 | 投稿日: | 投稿者:

河内の翁 について

飲食店の仕事を現役で行いながら、ご理解いただける仲間とともに、「かむながら」という生き方を実践しています。宗教、宗派を超越したものです。 「かむながら」とは、「常に根源神を意識しながら行動する」という意味です。 根源神とは、宇宙を創った存在のことです。宇宙の全て(私達を含む)は、創った存在(根源神)とは常につながっていますので、宇宙そのものとも表現できます。