法華経と釈迦の瞑想(2)

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私) その後、私はまた、採石場の跡地で1柱に出会った。この時は、信仰深い友人と一緒だったので、その友人にも確認してもらおうとしたが、友人には見えなかった。

『妙法蓮華経従地湧出本』(じゅうじゆじゅつほん)に次のように書かれている。

娑婆世界の下の虚空から現れた無数の菩薩達>

「釈迦が霊鷲山(りょうじゅせん)で集会(しゅうえ)を行われるとき、無数の菩薩たちが、娑婆世界(この世のこと)の下の虚空(地)から現れた。」これらの精神的存在は、人という物質的かつ精神的存在を、宇宙全ての存在の中で、好ましい秩序に保つために、すでに釈迦によって教育されているようだ。

私がかつて夢に見た、深い地下にあった教育のための小部屋がそうだったのか。その部屋には、木魚のような見たことも無いものが置いてあった。その時は全く夢の意味がわからなかったが、いま何らかのつながりを感じる。

<菩薩たちの超能力>

いずれにせよ、釈迦のレベルは、想像を絶するもので、法華経に書かれた諸菩薩の能力もかなりのレベルだ。この菩薩たちの超能力があってこそ、この人類が維持されていると納得できる。

友人) 先日、君にいわれて、人間という存在は自分で思っているほどのレベルではない、はるかにデリケートで超能力を秘めた存在だと、思い始めた。しかし、こうした菩薩たちに護られているからこそ存続できているのだといま、思い始めている。

 

 

カテゴリー: カムナガラ, , 呪と神仏, 心の健康, 法華経, 超健康法, 超健康生活 | 投稿日: | 投稿者:

河内の翁 について

飲食店の仕事を現役で行いながら、ご理解いただける仲間とともに、「かむながら」という生き方を実践しています。宗教、宗派を超越したものです。 「かむながら」とは、「常に根源神を意識しながら行動する」という意味です。 根源神とは、宇宙を創った存在のことです。宇宙の全て(私達を含む)は、創った存在(根源神)とは常につながっていますので、宇宙そのものとも表現できます。