日本神話と「かむながら」2

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訳の分からなかった神話はこの本のおかげで、その時代の人の心(かむながら)と共に、スーッと入ってくる。詳しくは本を読んでいただかなければならないが、読む気持ちが起きるように入り口部分を原文で紹介します。

飯田さんは、[神話の原話]というタイトルで次のように説明している。()内で説明をいれているのでそのままで理解できます。考えてみれば、私たちが神を思うとき、人の姿をした形でとらえていることが多いようです。日本神話も、さまざまな自然現象を人の姿をした神の働きとして表現したのだと思えば、『記紀に書かれた日本神話も、急に理解しやすいものとなるようです。

「大昔、天と地はくっついていたが、初めて天と地が開いて、その間に空ができ、陸地が現れたとき、まず天の国の高天原にアメノミナカヌシをはじめとする17神が生まれた。その中でいちばん後に生まれたイザナギとイザナミの2神に対し、天の神々は、地上の国はまだ海の中をクラゲのようにふわふわと漂っている、この漂える国をしっかりと修め理(つく)り成せと命じた。

イザナギとイザナミは、虹の橋を伝って地上の国へ降りてくると、まず、おのころ島(塩の固まってできた島)を造って、そこに宮殿を建てた。そして2神は結婚すると、イザナギが(修め固める火山の神)となり、イザナミが(理り成す火山の神)となって、大八島をつぎつぎと生んだ後、天岩船(日が乗って天を航海する岩の船)、オオゲツヒメ(月)、ヒノカグツチ(溶岩)を生んだ。」

と、まあ、こんな形で理解できます。

私がもっとも理解できなかったのが、八俣の大蛇(やまたのおろち)でした。それは次のように説明しておられます。

「八俣の大蛇の正体は、毎年襲ってきては人々を苦しめる洪水のことであるとか、須佐之男命と対立した豪族であるとか、あるいは溶岩流であるとか諸説があるが、日と火山の構造からみると、溶岩流である。」

「大蛇退治の物語の意味は、毎年八俣の大蛇(溶岩流)が山頂から流れ下って来て、足名椎(あしなづち)・手名椎(てなづち)(冷え固まって動かなくなった溶岩流)の娘の湖の女神(溶岩流によって形成されたせき止め湖)を次々に呑み込んでしまったが、須佐之男命(大火山神)が八俣の大蛇(溶岩流)を押さえ込んで最後に残った櫛名田比売(湖の女神)を救い、櫛名田比売と結婚し、この系統からは、湯の神、水の神、渕の神など、水に関係する神々が生まれたという意味である。

(『日本神話解明と古代文明』飯田正孝著)詳しい説明はぜひ本を読んでいただきたい。

私はこれによって、古代神道「かむながら」をこれまで以上に知った。古代人は、天地の働きの中に神を感じ、神の働きを、自分の内にある人の心の働きとしてとらえていたのだ。

 

 

 

 

カテゴリー: カムナガラ, , 呪と神仏, 河内の翁, 河内歴史, 超健康生活 | 投稿日: | 投稿者:

河内の翁 について

飲食店の仕事を現役で行いながら、ご理解いただける仲間とともに、「かむながら」という生き方を実践しています。宗教、宗派を超越したものです。 「かむながら」とは、「常に根源神を意識しながら行動する」という意味です。 根源神とは、宇宙を創った存在のことです。宇宙の全て(私達を含む)は、創った存在(根源神)とは常につながっていますので、宇宙そのものとも表現できます。