霊操・イエズス会・八尾キリシタン

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以前に紹介した恩地左近の子孫恩地誠さんを、山口県から恩地左近の墓参りに招待したときに、、山口県の教会の司祭をされていて、「霊操」の話を教わりました。いま、戦国時代のイエズス会のフランシスコザビエルの日本へのキリスト教布教の話となって、私に再登場しました。先日、キリスト教の話をブログで書いたら、数日後、キリスト教の方が自宅に久しぶりにお見えになって、聖書がインタネット(JW.ORG)で分かりやすい日本語で読めるようになっていることを教えて下さいました。

そして、今週は、『河内どんこう111』から、8回に渡って記載された「八尾キリシタン墓碑物語」(半田友味)の話です。ちょうど『河内どんこう』の110から118を整理していて、この話を読ませていただきました。

以前に、『恩智猿楽座・池田丹後の守・茶の湯』で紹介させていただいた池田丹後の守教正が楠正成の子孫でキリシタン大名になっていたという話(真実かどうかは不明)を聞いた時から、八尾キリシタンは私の中で興味を湧き起らせていました。最近友人から、彼の友人、前川一武さんが『河内若江城の興亡(キリスタン人物伝)』という公演をされるからと、招待を受けていました。が、そのあと、かつて経験したことのない強烈な台風19号が来るということで、私はその対応に追われて参加できませんでした。ここにきて、一気にキリシタンの話に盛り上がりがあり、私の役割を感じました。いつものつながり現象です。先のキリスト教信者の訪問で教えていただいた聖書の創世記をみると、『記紀』の神々の話と似ている。この時代に私たちの祖先は、宇宙創造に関心を持ったのだ。

わたしの興味を引いたのは、イエズス会が日本にきた由来です。その頃、西欧ではマルチン・ルターの宗教改革が起こり、西欧社会は2つに分裂していきました。ローマ法王が資金集めのために免罪符を売ったことに端を発して、この改革は始まりました。私はこの話を初めて聞いた時は、そういうことなら、正当なキリスト教はプロテスタントだと思い込んでいました。しかし恩地誠さんから、イグナチオ・ロヨラの「霊操」の話を聞いて、なおかつ、イエズス会がカトリックの中で生まれたことを知って、本来のキリスト教は、やはり、カトリックだと思うようになっています。

「霊操」は神と深く繋がるための行法です。私の実践する「かむながら」に通じます。神を強く意識し、神の望まれるようにこの心身をささげようという精神で、インドに布教に赴いたイエズス会のフランシスコ・ザビエルは、やじろう(殺人を犯してポルトガル船に逃げ込んだ海賊・武士ともいわれる)と出会います。船長はヤジロウをザビエルに合わせます。この出会いで、ザビエルは日本人の優れた霊性に気づき、2年後、布教先を日本に変えます。この時、ポルトガル語に堪能だったやじろうはキリスト教の教義書を完成しています。薩摩の島津貴久の許可を取り付け、堺の豪商、日比屋了珪の援助を得て、次は京をめざしますが、後奈良天皇、足利義輝の拝謁かなわず、山口に戻ります。献上品に満足した山口の大内義隆は布教を許します。

圧巻は河内での布教です。ちょうど戦国時代。信長が大阪にやってきたころです。まじめで霊性の高い信長(最近の研究で私たちが映画などで知る性格とは違ったということがわかってきました)はキリスト教を支援しました。まず、河内では、城主たちが入信し、家臣が入信し、その数は6000人にも達する大規模なものになりました。

松永久秀の裏切りがあったとき、信長は信貴山周辺の、恩地を含む、生駒山の裏表にある寺院仏閣を恐れもせず、ことごとく焼いてしまいました。石山本願寺などの反抗に対する憎しみだけではなく、キリスト教の擁護の気持ちも若干あったのでしょうか?

半田友味さんは、八尾キリシタンのことを小説に書きたいと仰っています。楠正成が死んだと泣き喚いて敵をあざむいた、泣きの半田さんの末裔が、数十年前まで恩智に住んでおられたとのことです。墓も来迎時墓地にありますが、その半田さんと関わりがあるのでしょうか。あるとすれば、このつながり関係は驚きですね。

半田さんには、ぜひ、「霊操」の行をしていただきたい。これまでの小説のように、迫害に苦しむキリシタンの心だけではなく、「霊操」のキリスト教に出会って、最高の喜びに満ちた八尾キリシタンの心を描いてほしいと思います。苦しむ人の心を描くのは比較的たやすいですが、その苦しみを超えて、心の奥底から喜びに満ちる姿を、読み手の心を打つまでに仕上げるというのはむずかしいでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カテゴリー: カムナガラ, マッサージ体操詳細, 実践, 河内の翁, 超健康法 | 投稿日: | 投稿者:

河内の翁 について

飲食店の仕事を現役で行いながら、ご理解いただける仲間とともに、「かむながら」という生き方を実践しています。宗教、宗派を超越したものです。 「かむながら」とは、「常に根源神を意識しながら行動する」という意味です。 根源神とは、宇宙を創った存在のことです。宇宙の全て(私達を含む)は、創った存在(根源神)とは常につながっていますので、宇宙そのものとも表現できます。