「つながり体操」は「瞑想」を実現!

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<瞑想>

「瞑想」というのは、姿勢を整えて、呼吸を意識し、他の邪念を起こさず、ひたすら神につながる行です。しかし、実際にはいろいろな思いが心に生じ、精神統一は至難の技です。

<「つながり体操」は、簡単に「瞑想」を実現>

「つながり体操」は自分の体を触り、ひたすら神のエネルギーを味わいます。愛と感謝が満ちるで至極の境地です。これは理想の瞑想ではありませんか。しかも、なんの苦行もなく。

<役割の実現>

私は過去世では行者だったと思います。しかし、釈迦のように、苦行によって、一般の人々が悟りを得るのは難しすぎる。だから、今世では簡単な方法で悟りを得る方法を提案するのが私の役割だと感じていました。

高校に入ったころ、当時はだれも読まなくなってしまった哲学書を一人で読み漁りました。

「人とは何か?」「自分とは何か?」

千葉県の学生村というところに、2週間ほど滞在していたとき、牧野さんという東大出の哲学者と出会って、ヘーゲル哲学の一端を教わりました。しかし、大学に入ると、社会は経済復興の波で沸き上がり、私も、実社会でバイトをしながら、経営の勉強をしました。牧野さんはその後、静岡県で、哲学者の村を運営しておられたようです。

私は大学入学直後、慢性腎炎になり、大学病院でその新薬を投与され、5年間朝昼晩と服用を続けるうちに、体中の筋肉が硬直し、血行が悪くなり、食べられなくなったり、手に持っているものを落としたり、直前の記憶が飛んだりというような症状に悩まされました。私を医学生と思っていた教授はその都度、丁寧な説明をしてくれましたが、最後には、「最善の努力をしたが改善しない。あきらめてくれ」と治療を断念されました。

<蛋白は3か月で止まった>

慢性腎炎は、母が紹介してくれた浪越徳次郎の弟弟子という指圧師が、わずか3か月で、蛋白を止めてくれましたが、体調不良はその後、50年近く続き、指圧、鍼灸治療、気功治療、断食治療、心霊治療などありとあらゆる治療を、高価ではありましたが、優れた治療家に恵まれて受けてきました。

<突発性難聴>

ヨガ、ストレッチなども行ってきたのですが、突発性難聴を治してくれるというので、かかった指圧師から、「あなたのような悪い体の患者さんに初めて出会ったのです。全体重をかけても反応してくれない体は治しようがありません。」と、宣告された翌朝から、「つながり体操」が始まったのです。

「もう、治してくれる人はいない。その絶望感の中で初めて自分の体をさわりました。腰や、首をさわると骨にへばりついた薄っぺらい筋肉がありました。

「指圧師はこのことを言っていたのか。だけど、こんな体で、よく今まで普通に仕事をさせてくれたね。ありがとう。」

毎朝、そう言って撫で続けていると、その薄っぺらい筋肉が、モコ、モコと厚みを持ち出したのです。私は夢中で撫で続けました。これが「つながり体操」となっていったのです。体を深奥からもとに戻そうとする「つながり体操」が、「瞑想」を超える効果をもたらすとは。「つながり体操」(上級)の冊子を書いていて気づきました。

これ等のことは、「つながり体操」(超上級)として書きたいと思います。

カテゴリー: 河内の翁 | 投稿日: | 投稿者:

河内の翁 について

飲食店の仕事を現役で行いながら、ご理解いただける仲間とともに、「かむながら」という生き方を実践しています。宗教、宗派を超越したものです。 「かむながら」とは、「常に根源神を意識しながら行動する」という意味です。 根源神とは、宇宙を創った存在のことです。宇宙の全て(私達を含む)は、創った存在(根源神)とは常につながっていますので、宇宙そのものとも表現できます。