大阪府八尾市恩智・融通念佛宗法立寺

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法立寺の清林住職にお話しを伺いました。歴史資料はないそうですが、言い伝えで、52代ということです。年代は分かりませんが、1代15年として計算すると、780年前となるし、20年とすると1040年前となります。鎌倉時代か平安時代と考えていいでしょうか。

法立寺という名は、仏教の法を立てたという意味でその名のつくお寺は全国にありますが、その地域で最も古いお寺が多いそうです。それなら、仏教が入ってきた奈良時代の可能性もあります。

長い歴史の間に、最初は真言宗、次が浄土宗で、いまは、融通念佛宗と変わってきています。恩智は古い土地ということもあるのか、狭い土地に多い時は15以上のお寺があったようです。織田信長の焼き討ちにあって、一度は大半が無くなりましたが復興して、いまは10位あります。法立寺は、恩智では、その中でもっとも古い歴史を持つお寺です。

かご2

私がもっとも印象に残ったのは、本堂の天井に吊ってあった籠でした。葬儀のときとか、平野の本山に行くときなど、和尚を籠で送り迎えしたようです。融通念佛宗の平野の本山へは、いまは自動車ですぐに行けますが。電車や自動車のない当時は大変だったでしょう。それにしても、檀家の人が籠を担いで和尚を連れて行くとは、檀家の人々にとっては和尚はそれほど大切な格の高い存在だったのですね。

お話の中で「声明」という言葉が出てきたのでどんなものか聞かせていただきましたが、お経を唄うものということです。お経の最初のオーンというところを唄っていただきました。丹田から声をだし、喉でしぼって、口腔内で響かせるそうです。一息で2分くらい唄うということです。

感動しました。しかし、一人で唄うのと、大勢で唄うのとは雲泥の差があるといわれます。一人でも素晴らしいのに、大勢で息が合っているとそれほど素晴らしいというのですから、機会があればぜひとも聞いてみたいと思いました。

西国観音菩薩

西国33か所の観音菩薩が御堂の隅にありました。最近どこのお寺でも観音講が無くなっています。観音講に使われる道具は寺で預かっているそうですが、復興の気配は全くありません。私達の親の時代まで、地蔵講とか観音講とかあって、人々の心が救われていましたが、これからは人は何によって支えられていくのでしょう。

本尊阿弥陀仏西勝庵阿弥陀仏

左が本尊の阿弥陀仏です。右が西勝庵阿弥陀仏といいます。西に勝つというのは、恩智城の護りとして設置されたのでしょうか。

カテゴリー: 河内の翁, 神社・仏閣 | 投稿日: | 投稿者:

河内の翁 について

飲食店の仕事を現役で行いながら、ご理解いただける仲間とともに、「かむながら」という生き方を実践しています。宗教、宗派を超越したものです。 「かむながら」とは、「常に根源神を意識しながら行動する」という意味です。 根源神とは、宇宙を創った存在のことです。宇宙の全て(私達を含む)は、創った存在(根源神)とは常につながっていますので、宇宙そのものとも表現できます。