カテゴリー別アーカイブ: 河内の翁

韋駄天と忍者

<書の大家・増市東陽先生からいただいた韋駄天の掛け軸>

韋駄天が、釈迦のために走り回って食材を集めたことから「ご馳走」という言葉が生まれた。そこから厨房の神様になり、飲食店を営んでいた私に下さったものです。

 

 

<韋駄天と呼ばれた金栗氏は忍者の末裔?>

いま、大河ドラマで『韋駄天』をしていますが、韋駄天と呼ばれた金栗氏も忍者となんらかの関わりがあるのでしょうか。苗字からすると、先祖が鉄をつくっていたようですから、渡来系の技術者集団に属していたと思われます。忍者との関わりも想像されます。

<韋駄天とはどんな神様?>

韋駄天は、元はヒンズー教の神スカンダ。六面十二臂の少年神で孔雀に乗る。六面の由来は、大自在天(シヴァ)の次男だが六人の乳母に育てられたためといわれる。

<韋駄天と呼ばれた忍者>

豊臣秀吉に仕えた、近江国醒井(滋賀県米原市)出身の忍者は、1日に50里(約00キロ)走ることができた。

<忍者>の走法と「つながり体操」>

『忍者教本』(黒井宏光著)で、二重息吹という呼吸法を紹介している。「吸う、吐く、吐く、吸う、吐く、吸う、吸う、吐く」をくり返す。

さらに、丹田を意識して走ると疲れないと何かで読んだ記憶がありますが、ここでは、梅干しを臍に貼り付ける方法が書かれています。

私の提唱する「つながり体操」は「会陰(骨盤底筋)を意識して行いますので、忍者の走法に近いものがありますね。遠くを見ずに近くを見て走るというのは、アゴを上げずに、背骨から首までまっすぐの姿勢を保つということですから、「つながり体操」の姿勢と同じですね。

 

 

伊賀甲賀忍者の末裔と呪力

豊臣秀吉も忍者?

北朝に仕える伊賀忍者は八咫烏(やたがらす)と呼ばれ、北朝に仕える甲賀忍者は山窩(さんか)と屋ばれた。

あるブログを読んでいると、以下のようなことが書かれていた。

豊臣秀吉の家も山窩(さんか)の首領で、尾張国中村郷に広大な屋敷があった。秀吉が土豪・蜂須賀小六率いる「川並衆」という独立系技能集団を操ることができたのは、秀吉が彼らの首領格であったからだと。忍者たちの活躍と秀吉の強力な呪力で最高峰を実現できたのだろう。

貧農のうまれではなかったのだ。納得。

<呪の世界・5次元につながる末裔たち>

その首領格の系統が丹波亀山穴太村の上田家につながり、上田家は江戸末期、ポルトガル(イエズス会)とオランダ(近代メーソン)の両方に通じて勢力を拡大した。創価学会の牧口恒三郎、戸田城聖、大本教の出口王仁三郎もその系統。いずれも5次元世界の呪の世界の能力をもつ人々だ。彼らは予言が的中していることでも知られているが予言も忍術のひとつだ。

<人間の脳は5次元世界につながっている>

常識では考えられない超能力が求められた忍者の世界。脳の潜在意識・深層のつながり能力をも利用した。祈ること、信じることでパワーアップした。

<呪力を高めるつながり体操>

そのブログの中に「性的なものに呪術的な力を感じる」という文章を見つけましたが、わたしの提唱する「つながり体操」が性的ゾーンでもある腰を中心として、体全体とつなげながらおこなうことで、深層のつながりが実現できます。つながり力の一部である呪力も性力と大いに関係していると思われます。