カテゴリー別アーカイブ: 河内の翁

心の健康22・怒り

『どうでもよいことで悩まない技術』(柿木隆介著)で、ストレスに対応する心のコントロール法が紹介されている。

悩み・イライラ・不安・悲しい出来事・周りに振り回されるなどの章に分けて、その解決法を提示し、幸福感を生む提案をしている。

人の本能的な感情や行動は「大脳辺々系」で行われます。一方、そうした感情をコントロールする機能は、「大脳新皮質」の中にある「前頭葉」にあります。そして、「神経伝達物質」、「脳内ホルモン」などの脳内物質の分泌があり、人の行動に大きな影響を与えます。

「大脳辺々系」でムカッときても、しばらく時間がたつと、「前頭葉」が動き出すのでその時間稼ぎに深呼吸を3回することを勧めています。トカゲも持っている「大脳辺々系」の脳に怒りが生じたら、これはトカゲノ脳だ。トカゲが勝手に怒っているが、人間の脳が動き出すのを待とうなどという習慣を身に着ける提案をされています。

おもしろいですね。

 

呪い1・愛から呪へ・呪から愛へ

人は本来、創造主の愛によって作り出された。しかし、肉体を持つとともに排他的な性質が生まれ、それが愛の影である呪の心を生み出した。共生という愛の考え方を受け入れることができず、不都合な人間は呪いによって抹消してしまうという考え方が生まれた。歴史を学べば、歴史はそのように動いてきたことがわかる。

助け合い支え合って生きるために、大勢の仲間を与えられたのに、自分の欲望の実現に邪魔なものは殺してしまえという考え方になっていった。飛鳥時代、呪術を使いまわした役小角(えんのおづぬ)、四天王を利用して呪術で物部守屋を滅ぼした聖徳太子。その四天王寺に通っていた稚児の信徳丸の呪いの話。日本の歴史は、まさに呪の世界でもあった。

釈迦の没年が紀元前1000年ごろとすれば、末法思想による末法の時代は2000年の正像の時代を経て、1000年ころは末法に突入したことになる。平安時代だ。それから1000年を経た今は末法のまっただ中ということになる。桓武天皇の時代には、怨霊の祟りは、呪うもの、呪われるものという一対一の呪詛関係だった。しかし、9世紀の中ごろになり、疫病が流行り天変地異が頻発して多くの人が死んだりすると、それは政争に敗れて非業の死を遂げたものの祟りだということになった。

平安時代の菅原道真の怨霊がその最たるものだ。明治天皇はさらに、おそれ続きけていた崇徳上皇の怨霊を明治に改元される半月ほど前の上皇の命日に呪い鎮めを行った。昭和天皇の時代に起きた第2次世界大戦においては、高野山をまきこんだ呪による必勝祈願が行われたと聞いている。高野山はもともと、呪をあやつる密教の弘法大師が設立したものだから不思議なことではない。

しかし、天皇家は別として、最近、われわれの社会からこの呪の考え方は急に少なくなった。私の少年時代までまだあった呪の習慣はいつの間にかなくなっている。大峰山の行者も呪の考え方から遠のいてきた。これは、今が、呪いの歴史から、愛の歴史への変換期を意味するのだろうか。

『呪いと日本人』(小松和彦著)を参照させていただきました。

義経の不思議・藤原秀衡との出会い

奥州から京へきていた金売りの吉次は、情婦から鞍馬に源家の御曹司がいると聞きます。奥州では都の貴種への病的というほどのあこがれがありました。狂喜して一族の女をあてがい、その血を導入しようとします。だから貴種の子こそ奥州への何よりの都みやげなのです。吉次はこの貴種の子をみやげにしようと、鞍馬で牛若に会います。

しかし、会ってみると牛若の方から奥州へ連れて行けといいます。奥州は、古来日本の律令がおよびにくく平家の力のおよばぬ所だと聞いている。鞍馬を脱走して亡命するとすれば行先は奥州以外にないというのです。そんなわけで牛若は奥州へいくことになります。

そのころの奥州は藤原秀衡が治めていて産出した多量の金で別世界のように潤っていました。ヨーロッパまで聞こえて黄金の国ジパングと呼ばれていました。のちのマルコポーロにつながります。当時、奥州は日本の朝廷に金や駿馬の貢物をする属国のような立場でした。

藤原秀衡は慎重な配慮の上しばらく義経と会おうとはしませんでしたが、ひとたび会ってしまうと自分の息子以上に義経をかわいがり、将来、奥州をまかせようと考えたほどでしたが、義経はかたき討ちしか頭になく、奥州の優れた弓と騎馬の技術を習得します。

はじめは、種馬のように女性があてがわれましたが、以前に京から来た若者がそのような目にあい、若くして死んでしまったと聞くと、一変して武道に徹します。この騎馬の技術の習得があったからこそ、のちの一の谷の戦いで、漫画の英雄に書かれているような神業を演じます。はじめのうち、歴史学者たちはうそだと判断したくらいです。

『義経』(司馬遼太郎)によると、当時奥州の兵力は17万騎といわれ、源平を合わせた以上の兵力を誇っていました。義経にその気が有れば、藤原秀衡から家督を譲り受けた後、その軍で平家を滅ぼすこともできたのです。

 

 

大阪府八尾市北高安・神宮寺の花、中高安の植木

まだ3,40年前の話でしょうか。大阪府八尾市郡川のあたりの造園やさんが、まだ、植木市を催うされていて、1日で大きな売り上げが入っていました。そのときは、仕出し料理や、宴会など豪華にされていたのを覚えています。美家古もその注文をいただいていました。

最近は庭を作る家が少なくなって、植木屋さんも仕事がなくなっています。植木市もなくなったのでしょう。

神立や、神宮寺ではいまでも盛んに花が作られていますが、昔ほどの勢いはありません。仏壇や墓に花を供える家も少なくなり、1対が一束になったり、造花になったり、需要が少なくなって、売上が減っています。恩智には、北区、大阪駅の近くで花の卸売市場を経営されているところがありますが、ここはまだまだ良さそうです。

神立には、父母の行の締めくくり、知恵地蔵尊の建立に尽力してくださった森川さんの亡くなったおじいさんがおられました。このかたは、和歌山の通夜島で、ランなど南方系の花を栽培されて、大きな財を築かれました。お子息の貞央さんは、デパートに花卉を卸されて、やはり、大きな花の問屋さんをされています。美家古の仕出しもとっていただいたし、宴会もしていただきました。ありがとうございます。

通夜島から移された有姫龍神をお祀りされていましたが、知恵地蔵尊建立に際して60年ぶりの大雨が降ったのは、この龍神さんの働きだったのでしょうか。

かつて、好景気に支えられた花卉、植木などは、景気の衰退と共に、売上は減少しているようです。

ねりごま健康法

安上がりの健康法をご紹介します。枇杷の葉健康法を教えたら、私もお返しですといって、練りごまを毎日スプーン1杯食べなさいと教えられました。ずーっと付き合っていた偏頭痛がなくなったそうです。

ちょうど九鬼の黒ゴマのねりごまの缶詰があったので即実行しました。黒は少しポリフェノールが多いし、いいタイミングだと感謝して、パンにつけて食べました。オリーブオイルよりも日本人にはあっているかも。

インタネット「スキンケア大学」からオーガニックビューティ・スペシャリスト佐藤美知子の書かれたものを紹介します。

1.鉄分、カリウム、マグネシウム、リン、レシチンなど豊富なミネラルを含んでいます。

2.肝機能の解毒作用が知られているアミノ酸の1つ、メチオニンが含まれています。

3.カルシウムの最適な補給源。35gの練りごまで、だいたい1日のカルシウム摂取量の35%をまかなえるほどです。

4.ビタミンE、B1,2,3,5とB15と、ビタミンB郡がとても豊富に含まれています。

5.細胞の成長を促進する機能が知られています。

6.貧血症の予防、免疫強化、神経器管機能の強化などの作用が知られています。

7.健康的な肌の維持や筋肉組織の維持に。

8.完全プロテイン20%で、ほとんどのナッツ類よりもプロティン値が高いのが特長。

9.アルカリ性ミネラルの含有量が高いので、消化されやすいく、減量の助けになることが知られています。

10.不飽和脂肪(良い脂肪)の含有量が高い。

まだ1週間余りで特に効果は感じていませんが、サプリメントより、実質的だし、コストも安いので続けようと思っています。

戦時中の恩智の農業

松岡さんにお話しをお伺いしました。88歳という高齢ですが、お元気です。小さい時は、隣に私の家があって、親戚の選挙応援に両親が留守をしている間に私と弟が弟の懐炉をつくってこぼした火から全焼してしまいました。そのときに、松岡さんの弟さんが雨縁を蹴り破って、前に立っていた私を救い出していただきいただきました。同時に火が噴きだして、奥にいた弟は焼死しました。火や水で建物に被害をもたらして大変な迷惑をかけました。

戦時中は、元気な働き手は戦争に取られて残っているのは、若者か年寄だけでした。新田を利用した恩智いちごがつくられていました。いちごジャムもつくられていましたが、戦時中で砂糖が手にはいりません。それでサトウキビもつくっていました。

現在の南高安小学校の北側に組合の建物があり、そこで売り物にならない小さないちごなどをサトウキビから作った砂糖を利用してジャムにしていました。

私はまだヨチヨチ歩きのときに、すすきをさとうきびとまちがえて口に入れて倒れてのどをつき、大量の出血をしたと聞かされています。この事故で、たくましい脚に比べて、貧弱な腕という姿になったようです。

コメの裏作に麦を作っていましたが、わらと混ぜて牛に食べさせていたようです。メークインも作っていて、小さいのは、牛のエサにしていました。子供の頃、お腹がすいたら、牛のかいばおけ(えさを入れる容器のこと)から、ときどき、そのメークインを食べていたのを覚えています。

戦後もしばらくイチゴはつくられていましたが、1年かかる苺より、短期間で出荷できる軟弱野菜の方が収益が良いのでやがて苺はなくなりました。

「気」の歴史

意外な本に「気」の歴史のことが書かれていましたので、紹介します。

『月刊人間増刊号・超感覚の発見』(真理生活研究所・河野十全)より。

「折田信夫博士の『古代研究』という著作によれば、日本の神は、昔のことばで表せば、「たま」と称すべきものが、いつしか「かみ」という中国風の言い方になったということです。またタマを悪くいう場合には「悪しき神」「邪神」「鬼」といいますsが、日本的表現はものといういい方をしたようです。

『気』は『け』と読むのが伝統的で、『け』や『もの』は人間の肉体に宿りますが、それは肉体を離れもします。草木、山川、風雨、天候の中にも『け』や『もの』がひそんでおり、自然現象をつかさどる超自然力を持つ神的存在である、という認識だったのです。しかし、源平時代以降、『悪い気』は払い除き、『よい気』を積極的に自分の肉体や精神に取り入れて『景気』をつけるようになってからは、『け』が次第に『き』と読まれるようになります。『わるい気』は『け』、『よい気』は『き』というようになったというほうが正しいかもしれません。」

昔は「かみ」は「たま」と呼んでいて、「かみ」というのは中国の影響なのですね。また「けもの」というのは、邪神を表すことばだったのですね。また、「気」は、古事記や日本書紀などの古典には「神」「霊」「鬼」などの意味で使われているところもあると紹介されています。すこし、ニュアンスが変わってきていますが、人に大きな影響を与える存在という意味では同じようです。

西南戦争と八尾市恩智にある官軍戦没者のお墓

西南戦争墓地

1877年(明治10年)、西郷隆盛が武力反乱を起こしました。帯刀、俸禄の支給という武士の特権を奪われた士族の反乱です。これが2015年現在最後の内戦となります。官軍は7万人の規模でした。

戦争は政府の財政危機を招き、農民を没落させ、プロレタリアトを増加させました。その一方で、一部の大地主や財閥が資本を蓄積し、初期資本家が現れ、民間の大規模投資が可能になり日本の近代化を進めることになりました。貧富の格差は拡大しました。

私達の地域でも西南戦争でこのような犠牲者があったのですね。つねに時代は変わっていき、そのたびに戦争がおこり、社会の混乱のなかで財を得るもの、無くすもの、あるいは命そのものを無くすものができるのですね。

そのお墓が東高野街道の少し上、恩智左近の墓の南に隣接してあります。

 

心の健康21・原点・疲れたものは・・・

「疲れたもの、重荷を負う者は、私のもとに来なさい。休ませてあげよう。聖書」

通勤の通り道にあるキリスト教会の掲示板にこのような言葉が記されています。人の心が根本の存在から離れれば離れるほど、その負荷が大きく、疲れ切ってしまいます。これは病につながりかねません。

そのとき、「疲れたもの、重荷を荷う者は、私のもとに来なさい。休ませてあげよう。」

と深層意識はあなたに語りかけます。宗教はそんなときに、あなたを病から救う役目をしてくれます。狂ってしまった身体機能をもとに戻す、いざないをしてくれます。

キリスト教のような歴史のある宗教は心配がいらないのですが、新興宗教の中には、このような人の弱みにつけ込んで、入信させ、多額の寄付をさせる悪徳の存在もあります。私の知り合いにも親の多額の寄付によって、屋台骨が傾いているところもあります。また、お金のないものからは多額の借入をさせて寄付させるなど、疲れを休ませてくれるどころか、さらなるストレスを本人ばかりか周辺の人にも与えている宗教団体もあります。

しかし、休ませてくれる本当の存在は私たちの心の奥に存在しているのですから、直接そこに繋がる努力を始めるのが本来の姿ではないでしょうか。心の深層部分。ここが原点です。

心の健康20・原点・100M走(マラソン・フィギュア・競技ダンス)

昨夜、TVでフィギュアスケートを楽しみました。私が特に注意していたのは、腕でした。動きに合わせてのびやかに動く腕。それは体の奥からの動きであることが伝わってきます。その心地よさ。

同じ意味で、100M走。あの腕の動き。目にも留まらぬ速さという表現をしてもいいくらい。マラソン。あのリズミカルな、かろやかな腕の動き。いずれも体の奥からの動きです。

それから競技ダンス。マラソンやフィギュアスケートと違って、男女のカップルで踊る競技ダンスは腕は固定されているのになぜ腕?確かに腕は男女ともに固定されていますが、その位置はやはり、マラソンやフィギュアスケートと同じ位置にあるのです。そして、腕そのものは動かしていませんが、そのどれもに共通した姿勢、運動するものの原点の姿勢をしています。それが心に響きます。そのわずかなズレが運動の妨げになり、身体の負担を増やして競技の勝敗に影響します。

まっすぐに立った時、頭の上から天に引っ張られている。みぞおちは上に引き上げられ、前に向かう。腰が入っているという表現をされるように、背骨は本来のカーブを保っている。これが運動するものの原点の姿勢です。動くにあたって何にもとらわれない姿勢。腕に負荷はなくブランブランです。健全な精神は健全な身体からといいます。

身体のこのような姿勢が精神の健全な働きを助けてくれます。表層意識に影響されず、深層からの思いを表現する。この精神の姿勢こそ、本来の姿勢だと感じています。実際に、このような姿勢で歩いたり、作業したりしていると、疲れは少ないし、体は快調です。それに伴って心は安らかで、楽しく振る舞ってくれます。正しい姿勢で歩けば、腕は肩にぶらさがり、昔の時計の振り子のように前後に振れます。