カテゴリー別アーカイブ: 河内の翁

心の健康19・皮膚と心2

「人に愛情を持って触れること、すなわち愛撫は、本人の対人関係の本質を見事に反映する。うまく行うと自分自身の心に気づきを与え、それを(いや)す力を持っている。また、人は愛撫されることで大きな安心感や安らぎを得ることができる。不安や孤独感を癒す力さえもっている。夫婦間や恋人同士の愛撫は言葉以上に愛を伝え、母親の子供への愛撫は、人々への基本的信頼感を与える力を持つ。ほんのわずかな愛撫に、どんなに素晴らしい言葉よりも大きなパワーがこめられることもある。

?愛撫は人と人とのきずなを作りそれを深め、大切な人を癒し、また愛撫する自分自身をも癒す力をもっている。これを効果的に行えるかどうかで、人生は大きく変わっていくだろう。友人や家族を含めて、人を愛することが人生で最も素晴らしいことであるならば、それを実現するための行為である愛撫は、人生の最上のたのしみであるとも言えるだろう。」(『愛撫・人の心にふれる力』(山口創著)

皮膚と脳は同じ胚からできて、強くつながっています。脳は心を作る働きを担っています。皮膚が心に強くつながっているのは納得できます。皮膚感覚を愛撫で愉しむことを勧める山口さんの意見に賛同です。

心の健康18・呪いと心

『呪いと日本人』(小松和彦著)

大陸から伝わった優れた文化とともに、「呪」という技術も天皇家を中心として貴族からやがて民間の人々まで受け入れられてきました。以前のブログでこの呪の世界をかなり紹介してきました。

出世するものは出世できなかったものの恨みを買い、美人はそうでないものの恨みを買う。著者の小松さんは次のように書いています。

「『呪う』ー『呪われる』という関係は、コインの裏と表のようなものである。人間である以上、だれもが呪われる立場にあり、怨念=呪い心に説明が与えられたときには呪う側にもなりうるということである。その意味で、人間というのは、社会をつくり出したまさにそのときから、悲しい、恐ろしい宿命に呪われているといってもいいかもしれない。

人間は法や道徳や倫理などをつくり出し、あるいは「愛」などというイデオロギーまで動員して、恐ろしい『呪い心』の発現をなんとか抑えようとしてきた。しかし、それがすべての人びとを満足させるものとはなっておらず、またなるはずもないのである。どうやら私たちは、いったん否定し、覆い隠してきた恐ろしいものの存在を、みつめ直す時期にさしかかっているのかもしれない。」

人の心は、多くの人が自分だけのものと錯覚していますが、つながりをもってお互いに影響をあたえているということを知ったら、本当は穏やかでないはずです。自分の心の制御も難しいのですが、人の心に呪いを起こさせないためにはどうしたらよいのでしょう。またその呪を受けない工夫はできるのでしょうか。

「 人を呪えば穴二つ」すなわち、人を呪い殺したとしても、呪った自分も同様に死ぬことになるという言葉があります。そのような実例は歴史の中にいくつもあります。

地元高安村(山畑)では俊徳丸の話が有名です。後妻が自分の子供を跡継ぎにするため、「俊徳丸に呪いをかけます。俊徳丸はめくらになり、さらにらい病にかかってしまいます。家を出て彷徨っていた俊徳丸を隣村の長者の娘が救います。呪いをかけた長者の嫁は長者がなくなると没落していって、乞食になります。

となりの弓削村では「宿曜秘法」をあやつった孝謙女帝のおかかえ呪術師の道鏡がいた。

戦時中には、丑三つ時、神社の木にわら人形を釘打ちする姿を見た人がいます。呪いはいまだになくなっていないのでしょうか?いいえ、呪いという姿をとらなくても、他人にそれに近い憎しみの感情を持つことは、日常の中でかなりあるようです。このような心が自分も傷つけていることに気付いている人はいるでしょうか。

 

心の健康17・目と心

『視覚世界の謎に迫る』(山口真美)を読ませていただきました。赤ちゃんのときには、いまのようなみえかたはせず、聴覚や、触覚も含めて体験しながら脳が作り上げた結果、いまのように見えているのです。皆さんは眼に映るものは全ての人が同じように見えているとお考えでしょか。体験が見な違えば、見え方も違っているはずです。

私は体調との関係で、眼に映るものが変わりました。最悪のときは、信号の色の識別しかできない程度でした。それが指圧治療の帰りには、そこに輝きが加わっていました。

いまは、すっかり元気になって、目に入る景色は自分自身のように見えます。絶えず表情を変え、その奥に創造主のエネルギーを感じます。ときには、空間にさえ、キラキラとしたものが見えるように感じます。

私のように病気でない人でも、目だけでものを見ているのではないことが分かっています。目から入った景色を脳が加工して私たちがいま見えているものに仕上げているのです。

目が2つある理由は、左右で見える違いを利用して遠近を知るなど、脳が関与して見える能力を高めるということでもあります。

私がここで紹介したいのは私の体験です。私は数年前、神社で人の姿をした柱状の3体の存在を見ました。あきらかにこの世界のものとは違う見え方でしたので、私はその三体の下を行き来し、錯覚ではないか、何か変化が起きないか確かめました。初めての体験でした。「ああ、こういう風に見えるから、神々のことを1柱、2柱と数えるのだ。」と思いました。

その後、昔石切り場であったところの結界の中で、こんどは1体だけの神様?を見ました。信仰心の深い連れと動向していましたので、場所を交代してみましたが、連れには見えませんでした。

行をした人で遠くの存在を見ることができる人がいたり、過去の霊を見ることにできる人もいます。この本はそちらの特殊能力には触れていませんが、通常の世界が脳との関係で見えていることを書かれています。その延長線で、私の体験なども人のもつ能力であり、脳力でもあることは理解できます。

心の健康16・皮膚と心1

「皮膚感覚は、「生きていくために」極めて重要な役割を持っているといえよう。赤ん坊の頃は未熟な生命を支え、親子の慈愛に満ちた対人関係の基盤を築く。成人後はそれを礎として対人関係を広め、またそれを見極めるアンテナとしてもはたらいている。そして生殖のための性感もまた、皮膚感覚なしには感じられないものである。」『皮膚感覚の不思議』(山口創著)

また、裏表紙に、「皮膚」と「心」の意外な関係として、

「なぜ、くすぐるしぐさをされるだけでくすぐったい?

見ず知らずの人に触られるとぞっとするのに、恋人にふれられると、なぜうっとりする?」

と、「皮膚」と「心」の関係に触れられています。

私は、長い鍼灸治療でたった1回だけですが、針が皮膚に触れた途端に、自分のオーラが見え、室外の風景が脳裡に浮かんだ経験があります。皮膚は明らかに深奥な部分に繋がっています。そのときは、一瞬にして全身のコリが消えたのです。

著者の山口さんは、『からだとこころのコリをほぐそう』という本も書いておられます。さっそく取り寄せることにしました。読んだら、紹介します。

 

心の健康15・無意識2(シンクロニシティ)

『こころと脳の対話』(河合隼雄・茂木健一郎)より紹介します。

茂木 そうか。シンクロニシティというのは、外のものと外のものがシンクロするんじゃなくて、自分の無意識と外のものが呼応すると。

河合 絶対そうです。で、無意識で動いているのが、外に出てきたりね。その出てきたものの背後には無意識がある。

「世界」という場合、僕らは意識・無意識、全部を含めて世界を考えているわけですから。だけど現代社会を生きるには因果関係の方が便利だから、もうそれに慣れすぎて、それしか思考パターンとして動かしていない。」

 

カール・ユングの提唱したシンクロニシティ(偶然の一致・共時性)の説明:ウィキペディアより。

従来知られていた「因果性」の原理とは異なる、複数の出来事を離れた場所で、同時期に生起させる原理である。そうした、同時期に離れた場所で起きる、一致する出来事を説明するためのある種の原理、作用として提示されたのがシンクロニシティである。

ユングの説明によると、人々の心(複数の人々の心)にあるファンタズム(夢・ヴィジョン)と主観は同時的に起きているのであって、ファンタズムが起きている時には互いの心に(ファンタズムが)同時的に起きていることに気づいていないが、後になって客観的な出来事が、多かれ少なかれ同時的に、離れた場所ですら起きたと判明することになり、それについて(客観的な出来事が)シンクロ的に起きたのだと確信的に考えることになるという

 

心の健康14・無意識1

『無意識はいつも君に語りかける』(須藤元気著)より紹介します。

「頭で損得を考えず、シンクロのサインと感情に従って行動すれば、きっとうまくいく。

どのようなジャンルであっても、その世界で一流と言われる人はみな例外なく自分の思考の外側からやってくる囁きに耳をすますと言う習慣を持っている。

通常の打算に満ちた日常思考はベータ波のノイズの海であり、内的な静寂に到達したアルファ波の状態でわき上がってくる囁きこそが大きな可能性を導くアドバイスなのだ。

あなたがその囁きに忠実に行動すれば、気分は高揚し、身辺には楽しいシンクロ現象が頻発してくる。それが、あなたにとって、物事がうまく動き始めた兆候なのだ。ノイズを消して耳を澄ませば何かが、聞こえる。」

須藤さんは、この本を通じて、損得という表層意識(ここでいう日常意識)を捨てて、深層意識(ここでいう無意識)に意識をつなぎ、それに従って行動しなさい。成功した人はそうしていますよと教える。シンクロ現象が頻発してくるのがそれのサインだと言っている。

 

心の健康13・自分の心とは

人が悩みを訴えるとき、黙って聞くだけでその悩みが解決するということがあります。その人が自分で解決するという考え方もできますが、悩みの本質というのは、元の存在につながっていないということが根本の原因なのです。

その人の気持ちを理解して、寄り添うことでその解決策がその人に届きます。心の世界は量子の世界ですから、相手が受け入れる姿勢さえもっていれば、そのまま相手に通じます。すなわち、元の存在からの「愛」が相談者を通じて届けられるのです。

人の心というのは、自分ひとりのものと思いがちですが、ほかの人の心も入ってくるのです。生まれた時から育ててくれた親、受けた学校教育、社会の持つ道徳、それらさまざまな影響を受けて形成されたもので、明日はまた他の人から情報を受けて変わっていくのです。

変わらないものは、ただ一つ、深層部分にある創造神の「愛」です。あらゆる存在がここにつながり、存在を維持しているのです。自分の不十分な知識や判断力に意識をおいて、深層部分にある創造神の「愛」とのつながりが弱くなった時に、悩みが発生し、苦しむのです。

心の健康12・何に安心していきているのか?

三浦さんは、闘病生活と自らのキリスト教信仰に関して自伝『道ありき』(三浦綾子著)

の中で次のように述べている。

「考えてみると、わたしたちは大地に安心して生きているのと同様に、何物かに安心して生きているのではないだろうか。それは、ある人には金であり、ある人には健康であり、ある人には地位であるかもしれない。しかしこれらのものは、大地よりももっと度々揺らぐものなのだ。決して絶対的に頼れる存在ではないはずなのだ。

?私はあらためて、自分は一体何に安心して生きているのかと反省してみた。わたし自身、何にも安心を持っていたわけではない。むしろ何者をも信じ得ない不安な魂を持っていたはずである。だがその私の心の中にも大地の上に乗っかっているような安易さがあったのではないかと、反省させられた。ほんとうに私の魂が不安であるのなら、安住の地を求めて、もっと厳しい求道の生活をしなければならないはずであった。その求道の姿勢がいい加減であったと言う事は、やはり私もまた、安住してならないところに安住をしていたのではないかと思い、考えさせられたのである

?私はそれまで漫然と読んでいた聖書を、真剣に学ぶようになった。」

人の心は絶えず、揺れ動き、不安がつきまといますが、信仰の上に安住できるものなのですね。

本来、人は、いやすべての存在が宇宙の創造者につながっているのに、それを忘れて、物質や目先のものに意識の大半を向けているために起きている不安に気づいていません。そこにしっかりと意識をつないでいたら、不安はありません。宗教はそれを手助けしてくれるのですね。

心の健康11・最先端技術から見た心2

『分子と心の働きを知れば本当の健康法がわかる』(島博基著)から引き続き、キーワード毎に考察してみたいと思います。

「量子世界の様子」

量子世界の波動はテラヘルツ波です。テラヘルツ波は人体からも放射されていて、赤ちゃんがもっとも多いそうです。出産直後の母親が過酷な子育てに堪えられる極めて強い体力をもっているのは、赤ちゃんから、テラヘルツ波を受けて共振しているからなのですね。赤ちゃんが母親に過酷なまでの要求をしてもそのテラヘルツ波が、脳とのかかわりで出来た心の部分を昇華して、根源に繋がる愛の波動で母親の心をコントロールしてしまうのでしょうか。

太陽や月はさらに多くのテラヘルツ波をだしているのですね。昔から人は太陽と月を神様扱いにしてきたのはそのためでしょうか。

島さんは、

「興味深いことに自然界や宇宙界に存在する生命と物質は、すべてテラヘルツ波という存在振動はを放射しています。生命のあるものでは、生命振動数と言ってもよいでしょう。」

このことは、すべての存在が量子波でつながりをもっているということを示唆します。心という量子形態の存在が宇宙を維持するのに大きな役割を果たしていることがわかります。

そして、宇宙創造の根源の存在につながる心の深層が愛という一極性のもので、常にこことの強いつながりを持つことがわれわれの大きな使命でしょう。良い波動で周辺の存在と共振する必要性が感じられます。人と人とのつながりや共振だけでなく、自然、宇宙とのつながりや共振を意識する時代になるのではないでしょうか。音や、光の波動の中に、愛という深層につながるものを見出し、共振を楽しむ時代が近くまで来ているような予感があります。

そして、いままで自分自身だと勘違いしてきた脳の表層部分は神が与えてくれた自動運転装置だと気づくことです。この機能がなくて人がその都度頭脳の判断に頼っていたら、、ほとんど何もすることができません。これを理解すれば、移ろいやすい心の信の姿がなっとくできます。

脳と繋がった2極性の表層の心の部分はそれはそれで自動運転機能として、うまく使いこなせばいいでしょう。ちょうど車の自動運転が一般化されてきて、人類は、自動運転の扱い方に慣れようとしています。

 

 

 

心の健康10・最先端技術から見た心1

『分子と心の働きを知れば本当の健康法がわかる』(島博基著)からキーワード毎に考察してみたいと思います。

「心は量子波の表現型」

私は先日、『マッサージ体操』の中で、「心は量子である。」といいましたが、島さんも「心は量子波の表現型」と書かれています。

「心は心臓に宿っているか」

島さんは、好きな異性にであったら、ドキッとするから、心は心臓にあると書かれています。言葉でも心の臓器と書いて心臓です。そして、心は脳(ブレイン)にあるという人に対して、頭脳はマインドであって、心ではないと書いておられます。意識、思考、判断など知性、理性の働きとして捉えた心がマインドだと言われます。

島さんの心は愛だけの一極性のものだと書いておられるので、最も深いところで根源神につながっているところを意識されています。私が心というとき、脳の2極性をも含めたものを指しています。好き嫌い、良い悪いなどの知性的判断を含めたものを指します。過去の行動や、意識、無意識によって、脳に形成された自動運転装置を含めます。

私のように考えるなら、心は心臓だけではなく、からだの全てに宿るということになります。

「波動を伝える」

体の70パーセントが水分です。島さんは、水分ははそれを伝えるのに都合の良い格子構造をしていることを指摘し、聖書は始めにことばありきとあり、日本の神道では言霊と言われてことばの影響力の大きさを表して、ことばの生み出す波動の影響を真剣に考えざるを得ないと書いています。

 

「良い波動と悪い波動」

島さんは、音に心地よい音と不快な音があるように、量子波動にも良い波動、悪い波動があると推測できると言っておられます。私はそこまで理解できませんが、心地よい音は、文字が示すように、心にいい影響を与えるというのは体験的に理解できます。

だから、私は、いい曲を聴いて、正常な心を保つためにスマホをポケットにいれて、楽しいBGMを聞いています。

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