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日本神話と「かむながら」3

ここ大阪府八尾市恩智では2つも銅鐸が出土しているにもかかわらず、その研究は進まず、何に使われたものなのかも地元の人たちには知らされていませんでした。

銅鐸のルーツは中国や朝鮮半島で家畜につけられていた小さな鈴で、弥生時代前期に日本に伝わり、神様を招くための音を出す祭器として共同体内で共有されていたもののようです。期限前200年から紀元後200年の400年ほどの間使用されてきました。

邪馬台国(長髄彦ながすねひこ?)から神武天皇に引き継がれたときに、祭器が銅鐸(音)から銅鏡(光)に代わったのではないでしょうか。見えない世界とつながるとき、音(言葉)を得意とするする人と、光(映像)を得意とする人にわけて考えるとすれば、『記紀がこの二つの支配者の性質を、日の神、火山の神として神話を紹介したのではないのでしょうか。

見えない神とのつながりは「波動」です。神は「波動」の大元の存在です。人の持つ感覚器官は、耳、目、皮膚(舌を含む)です。これらは、波動を受け止める、別の言い方をすれば、波動とつながる器官です。音、光に加えて、柏手を打つとか合掌するという行為、これは残る一つのつながりの行為ではないでしょうか。皮膚です。この波動は特に意識されていませんが、神社で手を洗い、口をすすぐというのが、正しい波動を受け取るためのものなのだと思います。その点では、私が常に提唱している「マッサージ体操」は最高の皮膚波動ですね。神とのつながり力が増すというのも納得です。

私が数年前、ある人たちに、私の「かむながら」の生き方を紹介したとき、それは古神道で、いまも続いているよといわれました。いま思ってみると、「かむながら」というのは、宇宙創造の根源神につながる「波動」を意識する生き方で、音の光の古神道から、小宇宙である人間の肌を通してつながる神道の進化版だったのですね。

私の「かむながら」がこのような顛末を迎えるとは、当初想像もしませんでした。突然の「かむながら」に始まり、突然の歴史の勉強、突然の「マッサージ体操」、しかも、これらバラバラに見えたものがここで1つにまとまり、私が幼いときから求めていた道につながるとは!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本神話と「かむながら」2

訳の分からなかった神話はこの本のおかげで、その時代の人の心(かむながら)と共に、スーッと入ってくる。詳しくは本を読んでいただかなければならないが、読む気持ちが起きるように入り口部分を原文で紹介します。

飯田さんは、[神話の原話]というタイトルで次のように説明している。()内で説明をいれているのでそのままで理解できます。考えてみれば、私たちが神を思うとき、人の姿をした形でとらえていることが多いようです。日本神話も、さまざまな自然現象を人の姿をした神の働きとして表現したのだと思えば、『記紀に書かれた日本神話も、急に理解しやすいものとなるようです。

「大昔、天と地はくっついていたが、初めて天と地が開いて、その間に空ができ、陸地が現れたとき、まず天の国の高天原にアメノミナカヌシをはじめとする17神が生まれた。その中でいちばん後に生まれたイザナギとイザナミの2神に対し、天の神々は、地上の国はまだ海の中をクラゲのようにふわふわと漂っている、この漂える国をしっかりと修め理(つく)り成せと命じた。

イザナギとイザナミは、虹の橋を伝って地上の国へ降りてくると、まず、おのころ島(塩の固まってできた島)を造って、そこに宮殿を建てた。そして2神は結婚すると、イザナギが(修め固める火山の神)となり、イザナミが(理り成す火山の神)となって、大八島をつぎつぎと生んだ後、天岩船(日が乗って天を航海する岩の船)、オオゲツヒメ(月)、ヒノカグツチ(溶岩)を生んだ。」

と、まあ、こんな形で理解できます。

私がもっとも理解できなかったのが、八俣の大蛇(やまたのおろち)でした。それは次のように説明しておられます。

「八俣の大蛇の正体は、毎年襲ってきては人々を苦しめる洪水のことであるとか、須佐之男命と対立した豪族であるとか、あるいは溶岩流であるとか諸説があるが、日と火山の構造からみると、溶岩流である。」

「大蛇退治の物語の意味は、毎年八俣の大蛇(溶岩流)が山頂から流れ下って来て、足名椎(あしなづち)・手名椎(てなづち)(冷え固まって動かなくなった溶岩流)の娘の湖の女神(溶岩流によって形成されたせき止め湖)を次々に呑み込んでしまったが、須佐之男命(大火山神)が八俣の大蛇(溶岩流)を押さえ込んで最後に残った櫛名田比売(湖の女神)を救い、櫛名田比売と結婚し、この系統からは、湯の神、水の神、渕の神など、水に関係する神々が生まれたという意味である。

(『日本神話解明と古代文明』飯田正孝著)詳しい説明はぜひ本を読んでいただきたい。

私はこれによって、古代神道「かむながら」をこれまで以上に知った。古代人は、天地の働きの中に神を感じ、神の働きを、自分の内にある人の心の働きとしてとらえていたのだ。