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超健康法・惟神(かむながら)の道9マッサージ2

<振動マッサージ>

気功にスワイショというのがあります。脱力しながら腕を振り続けるものです。これを<動かしながらマッサージ>で行います。人の体も宇宙の全ての物質もエネルギーで出来ています。エネルギーは振動です。振動でエネルギーと共鳴して元に戻ることができます。元の「元気」になるのです。

もちろん「動かしながらマッサージ」同様、「超健康の基本」を意識して行います。

1.椅子に座って膝から先を振ります。水平まで振り上げ、自然に下します。これを繰り返します。手は膝にあてます。目安時間は30秒です。

2.立位で(まっすぐ立って)、片手で壁に手を添えて立位を保ちなが脚を前後に振り続けます(ラクに立位が保てる人は手を添える必要はありません)。一応の目安時間は2分です。振っている腰に手のひらを当てます。

反対側の脚も同様に行います。

3.立位で前後、前は肘(ひじ)が曲がるまで振り上げます。反対側の手の平を肩にあてておきます。意識は肩だけではなく体全体です。連動してわずかに動く筋肉を感じます。1分続けます。

4.今度は、腕の振りは前は振り上げず、前後ともに地面と並行の位置までにします。2分続けます。頭から足裏まで意識します。できる人は「全意識」で行ってください。

反対側の腕も同様に行います。

5・立位で両手のひらを腰にあて、腰を回します。足裏から頭まで、脱力しながら味わいます。円運動も振動の一つの形態です。左右、方向を変えて2分ずつ行います。(続く)

超健康法・惟神(かむながら)の道8マッサージ1

超健康の基礎を理解していただいたら、いよいよ効果の高い実践です。体のメンテナンスの第一歩はマッサージです。私もそうでしたが、ほとんどの人が自分の体を知っているようで実はほとんど知りません。

まず体を知ること、まず超健康の成果が体で感じられることのために、「かむながらマッサージ」のやり方を紹介します。

<かむながら呼吸>

超健康法・惟神(かむながら)の道5で紹介した初心者用体操タイプの無意識へのアプローチを行います。

意識は「全意識」になっていますから、呼吸も「全意識」で行うことになります。吸う呼吸で宇宙空間からエネルギーを取り込みます。一瞬留めます。留めるときは力を入れないで自然に行います。ゆっくりと吐き出します。

空気の呼吸は意識しなくてもできますので、エネルギーの呼吸を意識します。

<マッサージ>

1.全身の状態を知る。

手や足を使って、体の全体をさわりながら、筋肉の硬直状態(コリ)を知ります。

2.重点マッサージをする

全身の硬直状態が分かると、全体の時間配分を考えて、各場所を重点マッサージして弛めます。慣れたら順番も分かってきます。バランスが大事なので調整しながら行います。コリがひどいところは指で軽く押さえて(範囲が広ければ手のひらをあてて)、かむながらの基本を繰り返しながら2分間続けます。弛んできたらほぐします。途中でほぐしを入れてもかまいません。(2分というのは、数を数えてはかります。時計を見て1秒ごとに数えて覚えます。多少のずれは気にしません。)

<動かしながらマッサージ>

体は全てつながっているものですから、部分に区切って考えてはいけません。肩・腰・脚・腕など別々のコリだと考えるのは間違いです。お互いに関連があります。その点では体を動かしながら行うマッサージは効果があります。肩の治療は腰の治療も必要という場合もありますし、肩だけの治療でも肩の一部に手や指を当てながら肩全体、腕を動かしながら行うマッサージも効果が期待できます。

首の治療、足首の治療などどの部分の治療も同じ考え方で行います。

<意識だけでもできる>

超健康法の基本を行った上でのマッサージの効果を実感していただいたら、毎日、少しの時間でも見つけて、どこでもマッサージを続けてください。人前でできないときとか、体を動かせないときは、意識だけでもできるようになります。慣れるまではわずかな体の動きも伴いますが、徐々に動きが少なくなってきます。膝を傷め人や、骨折などで体が動かせない人にもお勧めです。

(続く)

 

 

超健康法・惟神(かむながら)の道7

<「かむながら」とは何ですか>

この超健康法、別名惟神(かむながら)の道は、見慣れない漢字だし、いまひとつ意味がわからないという指摘をいただきました。

ごめんなさい。羽賀ヒカルさんの本にそのめずらしい名前がでていたものだからつい気軽に使ってしまいました。私にとっては「かむながら」は身近な名前なのですが、世間ではめったにお目にかからないものであることを忘れていました。

<「無意識」とは何ですか>

この指摘も同じです。私は「全意識」と呼んでいますが、羽賀さんはその「全意識」のことを無意識という言葉で表現されていたので、つい、その方が一般的な言葉だと判断して、それなら説明しなくても済むので、この言葉を使ってしまいました。しかし、超健康法の実践という立場からは「全意識」という言葉を使用したほうがかえってわかりやすいことに気付きました。

「全意識」というのは、宇宙の全てに偏在している意識のことです。宇宙創造主の意識と表現してもいいと思います。私の造語なので、慣れるまでは抵抗がありますが、超健康法の実践には理解しやすい言葉なので以降、この言葉に変更させていただきます。

<かむながらとは?>

「かむながら」とは、日本古来から伝わる神道のひとつで、森羅万象の中に神の存在を意識して生きる生き方です。私があるグループでこの話をしたときに、ある女性の方のおじさんがその生き方をしていて、そのグループには大企業の社長をしていた方もいたと聞きました。最近、全てのメンバーが亡くなられてしまったそうです。その方たちが持っていた霊能力のことも聞きましたが、私にはそういうものはありません。

このような人のつながりもなく、私が「かむながら」をひきついだのは、これからは「かむながら」が霊能力に偏ったことよりも、「本来の姿に戻す」ことに重点をおいたものにするためだったのではないかと感じています。

 

 

 

超健康法・惟神(かむながら)の道6生活瞑想「全意識」

<生活瞑想とは>

瞑想は座禅を組んで雑念を入らないような環境の中で精神統一します。それなのに、生活の中、雑念の真っ只中で瞑想するなんてとんでもない。できるわけがない。まず、そう思われると思います。

しかし、超健康法・惟神(かむながら)の「全意識」につながる方法では、生活そのものが瞑想です。意識は、日常生活をしていても、宇宙の源につながっていて、生活のどの場面にも執着せず、客観的にながめています。知性で考えようとせず、筋肉も姿勢を保つ、必要な運動に伴う最小限の筋肉以外はすべて弛緩した状態です。丹田に生じる悦びのエネルギーで体全体を充満させて常に瞑想の極致にあります。

<客観的に自分とその環境を眺めていますから、ほとんど緊張はありません>

知性に執着しますと、絶えず緊張の連続です。どんなに知性を働かせたところで、その限られた、一面的な情報の上でどんなに緊張して判断しても、その判断は不完全です。

しかし、超健康法・惟神(かむながら)の「全意識」につながれば、その直感は思いもかけない道を開いてくれますし、常に柔軟な判断に導いてくれます。

それに伴って、体にも緊張はほとんど起こりません。疲れも少なくなります。

<わざわざ時間をつくる必要がありません>

成功するためとか、健康のためとかで、いま、瞑想がブームになっているようですが、わざわざ時間や場所を準備する必要がありません。超健康法・惟神(かむながら)では、すべての場所、全ての時間が瞑想なのですから。(続く)

超健康法・惟神(かむながら)の道5

それでは初心者用体操タイプの「全意識」へのアプローチを紹介します。超健康法・惟神(かむながら)の道1で紹介したことを腕の動作つきで行います。

<喜びのエネルギーを起こす>

1. まず、全身の力は抜いて、まっすぐに立ちます。足幅は腰幅くらいに開きます。爆笑寸前のおなかを意識し、そこに熱いエネルギーを感じます。そのエネルギを意識し、その部分(丹田)を両手で包みます。

<やるぞという気持ちでそのエネルギーを体に充満させる>

2. 「やるぞ」という気持ちになったときのように、はらわたを上に引き上げます。その引き上げと同時に体の中心線に沿ってエネルギーとともに手を引き上げて胸の前、喉、眉間、頭頂へと誘導するような形で移動し、腕を伸ばしきったら拳をつくり、足の指も同調させて、「やるぞ」意識をつくります。そのあと、腕はのばしたまま、体側を下して、おなかにもどり、全身をその喜びのエネルギーで満たし、エネルギーが全身にまわるのを味わいます。

3. 1から繰り返します。

<周りと一体化する>

4、 何度か繰り返したら、まわりの景色に意識を当てて、その景色の中に同じエネルギーを感じます。体操を始める前と、景色が違って見えることに気付いてください。景色との一体感を味わいます。

<生活瞑想>

5.超健康法は、この一体感の意識を保ちながら、あらゆる日常生活を送るので別名、「生活瞑想」とも呼んでいます。この状態では体中の緊張はなくなり、必要な筋肉だけが働きます。心も喜びのエネルギーに満たされていますので、心身ともに疲れが最少になります。

<意識だけでこの状態をつくる>

慣れてくると、体操をしなくても意識だけでこの状態が作れるようになります。

以上、超健康法・惟神(かむながら)の道の基本を紹介させていただきました。ぜひお試しください。いままで味わったことのない、心底からの健康を味わっていただけます。(続く)

超健康法・惟神(かむながら)の道4

<体や宇宙にエネルギーを感じ、操作するのは気功ではないか?>

体の中や、動物・植物・鉱物などの諸存在や、宇宙空間に気(エネルギー)を感じて、それをコントロールするというのは気功ではないのですかという人もあると思います。私も気功を少し体験しました。また中国で2番目という医師の気功治療を受け、その方法を教わったこともあります。

確かに、私の「超健康法」はこれらの体験によってできたことは確かです。

<気功、ヨガの達人も「無意識」まで達する>

気功というのは、一般には気(エネルギー)の操作です。しかし、気功、禅、ヨガなど、どの道も極めれば宇宙の源まで到達します。意識が源の意識に到達するのです。仏教も意識を「八識」に分け、その一番奥を「阿頼耶識(あらやしき)」と呼んでいます。源の意識です。気功や、ヨガを極めて意識にまで到達した人たちは禅と同様、意識を制御して源の存在につながります。

健康も本来の「元気」をめざせば、源の存在に意識、エネルギーをつないで元から調整しなければなりません。気功、ヨガは極めた人が到達する世界ですが、超健康法は最初から源の存在につながる意識を持ちます。(続く)

超健康法・惟神(かむながら)の道3

<喜びにあふれた人々をつくる>

創造神が宇宙の最高傑作である人間をつくるなら、創造神のエネルギーである「喜びと愛」に満たされたものをつくるだろうということは納得できます。そして、その存在にそのエネルギーを使って宇宙を喜びに満ちたところにさせるだろうというのも、「がってん」です。

そして多くの人々にそれぞれの役割を与えて、素晴らしい宇宙の形成に携わらせるだろうというのも理解できます。

<変化する宇宙>

絶えず変化させることで、進歩の機会を与えているのも創造神のなせるわざなのでしょう。超健康法=惟神(かむながら)の道は、もう一つのポイントがあります。それは常に根源のよろこびのエネルギーにつながり続けることです。変化する宇宙は、今、次の宇宙の姿をつくります。

<今であって過去ではないのです>

仏教では過去の行いが未来を作るというように教えていますが、正確には過去ではなく今なのです。今の行動、意識が次の今をつくっていくのです。だから「惟神(かむながら)」は絶えず万物、万事に神を見て、今を行動するのです。「超健康法」も同じです。

<それは難しすぎて実行不可能です>

どの今も神を見、神を意識するなんて出来るはずがない。そう思われるに違いないと思います。しかし、考えないで行ってみてください。それが本来なのに、いま本来でないことをしています。その方が難しいことではないですか。神を見る、神を意識するといっても、喜びのエネルギーを万物や、自分の内に感じて意識するというだけです。

<喜びに浸っていることこそ楽で楽しい>

やってみれば「喜びに浸っている」ことがどれだけらくで楽しく生きれるか分かります。やるべきことが見えてきて、それを助けてくれる環境が起こってくる。これまでと比べたら信じられないような変化が起きてきます。この状態から離れる気が起こらなくなる。これが真実です。いま、世界はそれに戻る、本来の姿に戻る時期にきています。だから必ずできます。(続く)

 

 

 

超健康法・惟神(かむながら)の道2

<他の宗教と違ってなぜ経典がない?>

惟神(かむながら)の道がなぜ経典がないのか、それは本来の姿であって、ただそこに戻るだけだからです。人は本来でないものに振り回されてエネルギーを失ってきました。そして、今日、人はその状態が人の普通の状態だと認識するようになってしまったのです。

<「生活瞑想」という形で>

もともと宇宙に遍満する創造神との関係ですから、創造神が何を望んで宇宙を、そして人類を創られたのか、「人は何をすべきなのか、そして私は何をすべきなのか」を長きに渡って偉人や哲学者がそう質問してきました。いま、その答えを知って新しい時代の扉が開かれつつあります。

日常生活の中で常に創造神を意識して今を生きる。これを私は「生活瞑想」と呼んでいます。

<喜びに包まれて創造神に奉仕する>

「人は何をすべきなのか」の答えは「悦びに包まれて、創造神に奉仕する」ことです。そのために人がつくられたのですから。前回お知らせした方法で喜びのエネルギーを確保できたら、それは創造神につながっていることを意味します。その状態で日常生活を送り、今、何をすべきかを察知します。それにしたがって日常を生きる。それが今の時代の「惟神(かむながら)の道」、私が推奨する超健康法なのです。

神という字を使っても宇宙の姿そのものなので、宗教ではありません。私は人の健康の追求という視点からここにたどり着きました。(続く)

 

 

 

 

 

超健康法・惟神(かむながら)の道1「全意識」

『神社の秘密』(羽賀ヒカル著)に私の行っている超健康法=「惟神(かむながら)の道」のことが書いてあったので紹介します。

<無意識へのアプローチ方法は?>

「『大道廃れて仁義あり』《「老子」18章》という言葉があります。人の道理が自然におこなわれていた昔は、仁義という人為的な道徳は必要なかった。世の道理が失われたから、道徳をことさらに唱える必要が生じた、という意味です。

日本ではこれを惟神の道と申します。神の心のままで人為を加えないさま(真実・まこと・飾らない情)をつらぬく道のことです。

惟神の道には、いろいろな宗教が説くような、教えらしい教えは、ほとんど存在しません。なぜ存在しないのかといえば、この日本において、人はもともと神だからです(もちろん、外国人も神です)。私は、惟神の道に目覚めてさえいれば、人為的な宗教の教えも、セミナーも、必要ないと思います。

さて。無意識は、最もディープ(忿召‥奥深い)な領域です。だから、どれだけ顕在意識、潜在意識を変えようとしても、無意識からの応援がなかったら、人生(運命)は変わりません。しかし、無意識へのアプローチ(働きかけ・接近のしかた)について書かれている本は、ほとんど存在しません。」

<無意識へのアプローチ方法を紹介します>

ここでは羽賀ヒカルさんは、神社に祭られているのは人神(ひとがみ=地上で生活した人が神として祀られている)だと明言されています。神社は、人類の祖先を神として祀っているのです。私は人類、いや宇宙の創造者までさかのぼって意識しています。そこまでいけば、羽賀さんのいう「無意識にアプローチする」、単純明解な方法があります。紹介します。私はその無意識のことを「全意識」と呼んでいます。

<「全意識」へのアプローチ方法>

1. 爆笑寸前のおなかを意識し、そこに熱いエネルギーを感じます。

2. 「やるぞ」という気持ちになったときのように、はらわたを上に引き上げます。

3. そのエネルギーを体中にまわし、全身をその喜びのエネルギーで満たします。

以上です。

「え? え? どういうこと?」

あなたの動転が目に見えます。順を追って少しずつ紹介したいと思います。(続く)

 

農家と農薬・医者と薬・対話(環境とのつながり)

『あなたの人生が突然輝きだす魂のしくみ』(精神科医・越智啓子著)から紹介します。
「奇跡のりんご」といわれた無農薬のりんごを生み出した、青森の木村秋則さんが初めて沖縄に来てくださって1300人規模の大きな講演会がありました。
木村さんの講演会はユーモアたっぷりで、内容もすばらしくて、感動しました。一番びっくりしたのは、無農薬、無肥料、無除草剤でつくった野菜には全く虫がこないのだということです。かえって農薬を使った野菜にはびっしりと虫がつくそうです。

(中略}

自然のままにしておくと、害虫のアブラムシを益虫が食べてくれるのです。ずっと農薬や肥料を使っていると土地が固くなり、冷たくなって、根がのびのびと伸びていけない土地になってしまうのだそうです。ふかふかの温かい土地がいいのだそうです。
次にびっくりしたのは、無農薬・無肥料の自然栽培のお米はずっと腐らないというのです。今まで有機農業はいいと思っていたので、びっくり! 無農薬だけでなく無肥料も大切だと思いました。腐らないお米を食べたら、身体も若返るに違いありません。全くの自然でいいのです。目からウロコの講演会でした。これからの私たちも自然体で生きましょう!
無農薬、無肥料、無除草の農業に目覚めましょう! そんなお米や野菜を見つけて買う人が増えれば、農薬使用量世界一という日本の農業もきっと変わります。
できれば自分たちの食べる野菜や果物は、自分でつくってみましょう!
それも対話で育つのです。対話をしなかったりんごの木は枯れてしまったそうです。やはり、対話は大切ですね! 自分の身体の細胞たちにも話しかけて、『ありがとう』を言いたくなりました。」

このかたは精神科医で、病気をされましたが、現代医学では治らず、さまざまな代替医療を体験されました。私と同じですね。この考え方をしっかりと医薬にも反映してくれるでしょう。製薬会社と医療システムのはざまで苦闘は続くでしょうが。

私は5年間朝昼晩の3回、慢性腎炎の薬を飲み続けて薬害のために体中の筋肉の硬直を起こして、その治療に50年近い歳月を費やして、ようやく終盤戦を戦っています。リンゴ園の方も、もとの自然にもどすために10年以上の年月を戦ったと聞いたことがあります。

私も有機農法に挑戦したことがあります。有機肥料をつくるだけでも手間が余分にかかります。無肥料で育つ環境を育てるにはさらに長い年月がかかります。医薬をなくす環境(医薬なしの治療技術、医療報酬システムを含む)をつくるには、少なくともまだ100年以上はかかるでしょう。

私たちは自分の体もできるだけ医薬品を少なくして、宇宙の中で私たちを取り巻く存在たちと調和、助け合いの関係を再構築していきたいと思います。とりあえず、越智さんがおっしゃるように、まず私たちの体に「ありがとう」といって対話を始めましょう。