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法華経と釈迦の瞑想(4)

私)『人生行路の護符「般若心経」(野村春眠著)』に次のように書かれている。

「無意識の世界は、外に向かって開かれています。ここまでが自分という区切りはありません。海が一つつながりでどこにも仕切りがないように、『空』の心は連綿と続いています。『空』はつながりの世界です。」

友人)君の「つながり体操」は、そういう意味があるのか?

私)うん。「つながり体操」は、体がつながったものだと意識してもらうことから始めたよね。肉体的にもつながっているのだが、意識と肉体もつながっている。意識も表層意識は無意識ともつながっている。野村春眠さんはさらに次のようにいっている。

「心は、みずからの内にあると常識的に考えます。しかしそれは、表層の心(感情)です。ほんとうの心は、水をたたえる大海原のほうです。空の心のうちに、わたしたちがいる。」

「つながり体操」が、抜群の健康効果を発揮できるのは、宇宙とつながり、そこからのエネルギーで体が整えられていくからなんだ。

友人)「つながり体操」というのは、法華経の世界だったのか。

私) 法華経の説明をしていたら、つい「つながり体操」の話になってしまった。法華経は釈迦の瞑想によって人を理解する。「つながり体操」は、自分の体を知ることで、宇宙が分かるようになる。しかもそれは、感動の連続だ。最終的には、創造主とつながり、委ねるしかない。それほど、創造主の作品(宇宙とつながった人という作品)はレベルが高く、理解しきれるものではない。

友人) 「つながり体操」が、抜群の健康効果を発揮できる理由が分かったような気がした。

 

法華経と釈迦の瞑想(2)

私) その後、私はまた、採石場の跡地で1柱に出会った。この時は、信仰深い友人と一緒だったので、その友人にも確認してもらおうとしたが、友人には見えなかった。

『妙法蓮華経従地湧出本』(じゅうじゆじゅつほん)に次のように書かれている。

娑婆世界の下の虚空から現れた無数の菩薩達>

「釈迦が霊鷲山(りょうじゅせん)で集会(しゅうえ)を行われるとき、無数の菩薩たちが、娑婆世界(この世のこと)の下の虚空(地)から現れた。」これらの精神的存在は、人という物質的かつ精神的存在を、宇宙全ての存在の中で、好ましい秩序に保つために、すでに釈迦によって教育されているようだ。

私がかつて夢に見た、深い地下にあった教育のための小部屋がそうだったのか。その部屋には、木魚のような見たことも無いものが置いてあった。その時は全く夢の意味がわからなかったが、いま何らかのつながりを感じる。

<菩薩たちの超能力>

いずれにせよ、釈迦のレベルは、想像を絶するもので、法華経に書かれた諸菩薩の能力もかなりのレベルだ。この菩薩たちの超能力があってこそ、この緻密で壊れやすい人類が維持されていると納得できる。

友人) 先日、君にいわれて、人間という存在は自分で思っているほどのレベルではない、はるかにデリケートで超能力を秘めた存在だと、思い始めた。しかし、こうした菩薩たちに護られているからこそ存続できているのだといま、思い始めている。