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現代・今とはどういう時代?

『人を見る眼・先を見る眼』(渡邊五郎著)の推薦の言葉で堺屋太一さんは、次のようにいっている。

「今、日本は規格大量生産型の工業社会から多様な智慧の尊ばれる知価社会へと、大飛躍を遂げようとしている。過去の経緯も現在の規則も当てはまらない日々が、つい目前にせまっている。変化を恐れるものは縮こまり、未来が不安なものは動こうとしない。それに対して渡邊さんは「太く豊かに生きる」ことを提唱する。いわば自ら「変化の仕掛け人」となることだ。」

変化の時代は、このときは目前に迫っていたが今はその真っ最中にある。さまざまな智慧で利益だけを追求しだしたら、利益はでなくなった。大会社は利益が出なくなれば身売りをするしかない。中小企業は倒産するしかない。どうすればいいのか。ネット販売とか、老人の健康サプリメントとかが繁盛している。新しい流れだ。合理化による生産コストの削減も限界にきている。過去の経営技術を振り返っても答えはない。

知性で変化に果敢に挑むものは資金を使い果たし、動こうとしないものはじり貧になっていく。流れに従って適切に前進するものだけが、生き延びていく。流れを感じ取っていく。この資質を高めなければならない。見えない世界が見える力。半世紀ほど前に、宗教や、呪術や、座禅の世界と商売の世界が同じであることを証明しようと活躍された禅の大家がいた。独りで70兆円もの資産を創られた中谷浄道さんだ。

しかし、その資産ができたのは、禅の力を証明をするためだったと思われる。役割でなければできないかもしれない。利益追求の社会構造から、さまざまな形で社会に奉仕する社会構造に変わろうとしているのかもしれません。

八尾市恩智で山に向かって流れる川

恩智では谷は東山の生駒山脈から、流れてきた水が恩智川に注いでいます。川は高い東側から低い西側に流れています。その水を集めて恩智川は南から北に向かいます。

普通、生駒山脈の西にあたる河内では、東は山なので、川は東から西に流れます。先日恩智の研究をしておられる辻野和夫さんに、

「恩智で西から東に流れる川があるのをご存じですか。」

と聞かれて、そんな川があるはずがないと思いました。説明を受けたのですが、先日、玉串川のほとりを歩いていたら、玉串川にある水量調整弁を操作している浅井さんに出会って、

「何をしているのですか。」

と話かけたら、

「用水路に送っている水量調整弁が詰まったので掃除をしているのですよ。この用水路が東の恩智川の下をくぐって畑中さんの自宅の西の方にいっているのですよ。」

「ああ、辻野さんから聞いたのは、この用水路のことなんだ。でも、どのあたりに続いているのだろう。」

その疑問が残っていたので、今日歩いたときに、住宅の中をたどってみました。

用水路8

まずは、玉串川の取り出し口の水量調整弁です。

用水路6

住宅の間を東に向かって流れます。まさに西から東に向かって流れています。

用水路5

南に方向転換して、道の暗渠の中を流れます。

用水路4

当然この川も東から西にながれているものと思い込んでいましたが、良く観察してみると、確かに西から東に流れています。

用水路3

神宮寺からの広い道で再び東に向かってながれて、ここで恩智川を山に向かってくぐります。

用水路2

恩智川をくぐったあとは、花畑の間を流れていきます。周辺の花畑の農家が利用しています。

用水路1

 

用水路14

ここで、柵のところの北に流れる無名の川に注いでいるのかと思ったら、この川の下をくぐりさらに東へと向かって北に曲がる農業用水路となります。

用水路12

 

ここで再び東からながれてくる小川の下をくぐります。

用水路16

下をくぐった用水路の出口です。この小さな用水路は、柵のむこうの左手山側から恩智川に向かう無名の川から引き出していると思っていました。ところが、この用水路はその向こうの用水路から流れてきていたのです。

用水路11

これが最終です。それまでは、高低差だけで水を流してきましたが、ここで初めて電気を使って水を汲み上げ、ここでは数件の農家が利用しています。この柵は数年前、転落事故死があってから市と利用農家のみなさんに集まってもらってつくってもらったものですが、当時はこの水は東山からのものだと思い込んでいました。