カテゴリー別アーカイブ: 一般歴史

神道とは何か?

私)「神道を紹介するとなると、厄介なのはどうしてあれだけの神々をつくりださなければならなかったのか?またどうしてそれが可能となったのか。そしてそれがどうして天皇家の祖先としなければならなかったのか?という問題だ。神道の本を紹介されたとき、第一に、そう思った」

友人)「その頃の中国大陸の勢力に対して、『日本書紀』で、日本というのはこれだけの格を持つ存在だということを示したかったのではないか?また、その中国大陸の勢力に対抗するために、日本国内の統一を図らなければならない。天皇家の祖先は、神なのだ、神が国内を統一しなさいと天皇家に委託した。そう、考えたのかな?」

私)「そういうことだ。神武天皇が東征の時に、常に祖先神を意識していたということはいたるところでわかる。一方、あらゆるところに神が存在していると感じる古代神道『カムナガラ』は天皇家にかかわらず、多かれ少なかれ、人々の生き方であったと思われる。さまざまな神の存在はすでにその時代に伝承されていた。

自然に備わる大きなエネルギーも、優れた人々の持つ各段上の力も、それは自分たちと似てはいるが、エネルギーの大きさは別格の存在であり、神と崇めたと考えられる。

そして、創造伸と天皇家をつなげることで、人々が天皇家をそのまま神の末裔として受け入れてくれることを期待したと考えられる。」

友人)「そうだろう。いまだと、そんなこと信じられないというだろう。しかし、科学が発達していないこの時代の人々になってみると、この考え方が普通だったと思うよ。だから、天皇家がいままで続いたんだと思う。」

私)「自然の中に神を見、人の中に神を見る。この古代の日本人の考え方こそ、日本国が世界で最も長く続いた大きな理由だろう。しかし、いま、科学万能の時代感覚で、神などいないという。多くの神社がさびれている。

いまこそ、あらゆるものに存在する神を意識する時だ。その奥に宇宙を創造した根源伸を味わおう。それが、私の『かむながら』なのだ。」

友人)「そうだったのか。またじっくりその話(『かむながら』)も聞きたいな。」

私)「これから、日本神話に出てくる神々を、『日本神話解明と古代文明』(飯田正孝著)から紹介しよう。」

 次回に続く。

歩行術と「つながり体操」

『忍術教本』(黒井宏光著)に歩行術が紹介されています。

<まず緩める>

「歩行術の根本原則は、『臍治め』と呼ばれ、気を丹田に納め、首筋や腰や足の先までのコリを説くにあるという。まず腰の間を緩める。これを『大緩み』という。次に『こきざみ』といって股とひざを緩める。そして足の先を緩める『車さばき』。弛めるとは力を抜き、凝りを解くという意味だそうだ。」

<「つながり体操」の「マッサージ体操」>

腰からはじめて、足先までゆるめるのは、「つながり体操」の「マッサージ体操」と同じです。

<最初はゆっくり、足が軽くなったら速歩に>

「最初の一理(約4キロ)はゆっくり歩き、気が丹田に落ち着き、体中の凝りがとけて足が軽くなったら速歩に移る。

腰の回転を滑らかにする『腰千鳥』、脚の回転を滑らかにする『千鳥車』で歩く。」

<砂道・向かい風・追い風・雨中、天後のぬかるみ道>

「砂道は、腹と腰で歩く気持ちで脚を上げて歩く。

向かい風には小きざみに、追い風には腰の力を抜いて腹の力で歩行する。

雨中、または雨後のぬかるみ道は腰の力で歩くこととしている。」

<脚先約1メートルを見つめて>

「山登りのときは遠くを見るのは禁物で、足先三尺(約1メートル)を見つめて歩く。平地も同様で小股小きざみに歩く。」

ここでの「平地も同様」というのは、約1メートル先を見てということではなく、遠くを見ないでということでしょう。「つながり体操」なら、背筋をまっすぐということです。

少し前に体を傾け、重力を利用して前進します。その姿勢を保つと、自然に目線は、遠くではなく、前方数メートルから数十メートル(歩く速度で体の傾きがかわる)となります。

忍者の歩行術を生活全般にに応用したものが「カムナガラ」にあります>

前回紹介した忍者の歩行術は、仕事や生活の中の作業でも応用したいですねと書いたのは、それが私の提唱する「カムナガラ」、すなわち宇宙の根源エネルギーを意識して行う日常生活の基本であるからです。

<遅筋(赤筋)と速筋(白筋)>

長時間疲れないというのは、遅筋(赤筋)を利用したもの。人の筋肉には遅筋と速筋(白筋)があります。

遅筋は赤い色をしていて、眠らないで泳ぐというまぐろの筋肉。一方、瞬発力が強いひらめの筋肉は白い色をしています。瞬発力はあるが、持続力がないので、普段は海の底でじっとしていなければならないのです。

人間の筋肉はその両方があるが、忍者の歩行術では疲れないように、長時間持続できる遅筋だけで歩くようにします。瞬発力はあるが、すぐに疲れてしまう速筋は使わない工夫がされています。

遅筋はダイエットにも効果

遅筋は酸素を使って脂肪をエネルギーに変えるので、ダイエットにもなります。

 

<多く歩かなければならない人は忍者歩きをしていた>

母の友人で和歌山の山奥、龍神から恩智に嫁いできた人がいました。50年も前のことです。その人が私の歩き方が大股で、かかとからなので、「あなたもわたしの息子と同じでかかとから歩くんだね。」といいました。その人は、小股でかかとをつけないで小走りで歩いていました。。

そのときはその意味がよくわかりませんでしたが、和歌山の山奥の村では長距離を歩くことが多く、疲れない忍者歩きだったようです。半世紀も経った今、ようやく意味がわかりました。

<カムナガラ・体の点検・整備>

「カムナガラ」すなわち、日常生活の中で、宇宙の根源エネルギーを意識していく生き方では、根源エネルギーの創造物である、この人という存在(自分という体)を理解し、使いこなそうとします。

腰(会陰や丹田)に意識を置き、体のすみずみまで凝りが残らないよう、全身をつなげて動かします。つまり、身体という愛車の点検、メンテナンスを絶えず行って、最高の状態に整備するのです。

いまの私たちが長時間歩くことはありませんが、日常生活で疲れがたまって、凝りの症状を引き起こしている人がほとんどです。この遅筋を使って日常生活をしてみましょう。そして、腰から体の全てを動かすという意識で生じた凝りの症状を常に取り除くのです。

<掛け声(シャウト)>

忍者はまた、指定の掛け声をかけます。「カムナガラ」では、遅筋に影響を与える根源エネルギーの名を呼びます。阿弥陀仏、イエス、クリシュナなど、その人によって異なりますが。

掛け声が、筋肉発揮に影響を与えることは昔から知られていて、忍者歩行では、「サササザザザ、オイトショ」でした。武道などでは「エイ、ヤー」などと叫ぶ、気合いなどの速筋用掛け声です。

昔から体のこのような機能は知れていて、上手に工夫されて運用されていたのですね。

 前に進むときは、すこし前に体を傾け、」重力を利用して全身します。をまっすぐということです。

<掛け声>

「掛け声もある。平地は『サササザザザ、オイトショ』といいながら歩く。登り道は『マダマダマダマダ』。これ以外は一切相成らずと厳格に掛け声を指定する。」

<疲れない、息が切れない>

「臍の下に気を満たし、全身に気を滞らせないようにする。そして肩、背から足先まで凝った所は身体を動かして解くので、1日に20から30里(約80~120キロ)を歩いても疲れることなく、いかに道を急いでも息の切れることもないという。」

<カムナガラ>

これは、歩くことだけでなく、仕事や、生活の中の作業でも応用したいですね。限られた時間でやり遂げなければならないという現代の環境で、気の滞りは絶えず発生します。その中で僅かな時間を見つけて、体を動かして、凝った所を少しでも解く習慣をおすすめします。

それが私が提唱する「つながり体操」の「カムナガラ」です。