『臨死体験が教えてくれた宇宙の仕組み』(木内鶴彦著)に以下のようなことが書かれています。
木内さんは、通常の臨死体験、三途の川とか御花畑などといった体験以外に、さらなる体験をされました。
「二次臨死状態になり、肉体から意識が離れたとき、私はこの『膨大な意識体』の存在をごく身近に感じました。
私がまごまごしていたら、きっとすぐに私は『膨大な意識体』に吸収されていったのだと思います。しかし私は吸収されまいと、その存在に反発しました。もっと正確にいうと、『木内鶴彦』という意識を持ったまま、『膨大な意識体』にアクセスし、情報を得ようとしたのです。(中略)
『膨大な意識体』と一体になり、その中の情報に触れたという表現のほうが正しいかもしれません。(中略)
『膨大な意識体』があるのは五次元の世界です。その様子は、三次元の言葉で表すなら、空間ともいえますし、ガスのような存在ともいえます。五次元の世界ではすべてを『膨大な意識体』が満たしており、バランスがとれた完全な世界をつくっています。(中略)
しかし完璧に見える五次元の世界でもときどきひずみが生じるのです。(中略)
『膨大な意識体』がある五次元の世界は、完璧ですが、同時に無でもあります。(中略)
そこにひずみが生まれると、空間が動きます。空間はひずみのない元の形に戻ろうとするので、ひずみが揺らぎ、だんだん解消に向かいます。そして完全にフラットになったとき、元の五次元の空間に戻るわけです。(中略)
つまり三次元の世界は五次元の世界に変化を与え、波立たせるために生まれているのではないでしょうか。」
一次元は点、二次元は線、三次元は空間、四次元は時間を加えたもの、五次元は意識。そして、この世界に『膨大な意識体』が存在します。
木内さんは木内さんの意識として『膨大な意識体』の中の情報にアクセスしたのですね。それでは呪の世界に活動基点を置いている神仏たちはどの次元に存在するのでしょうか。
そして私たちはどの次元に存在するのでしょうか。
本来私たちは、この全ての次元で生きているようです。『膨大な意識体』とは本来、全ての存在がつながっていますし、神仏とはマントラでつながれるようです。本来つながっている五次元の世界ともアクセスしながら生きるのが私たちの本来の姿なのでしょう。