月別アーカイブ: 2017年6月

超健康法・惟神(かむながら)の道4

<体や宇宙にエネルギーを感じ、操作するのは気功ではないか?>

体の中や、動物・植物・鉱物などの諸存在や、宇宙空間に気(エネルギー)を感じて、それをコントロールするというのは気功ではないのですかという人もあると思います。私も気功を少し体験しました。また中国で2番目という医師の気功治療を受け、その方法を教わったこともあります。

確かに、私の「超健康法」はこれらの体験によってできたことは確かです。

<気功、ヨガの達人も「無意識」まで達する>

気功というのは、一般には気(エネルギー)の操作です。しかし、気功、禅、ヨガなど、どの道も極めれば宇宙の源まで到達します。意識が源の意識に到達するのです。仏教も意識を「八識」に分け、その一番奥を「阿頼耶識(あらやしき)」と呼んでいます。源の意識です。気功や、ヨガを極めて意識にまで到達した人たちは禅と同様、意識を制御して源の存在につながります。

健康も本来の「元気」をめざせば、源の存在に意識、エネルギーをつないで元から調整しなければなりません。気功、ヨガは極めた人が到達する世界ですが、超健康法は最初から源の存在につながる意識を持ちます。(続く)

超健康法・惟神(かむながら)の道3

<喜びにあふれた人々をつくる>

創造神が宇宙の最高傑作である人間をつくるなら、創造神のエネルギーである「喜びと愛」に満たされたものをつくるだろうということは納得できます。そして、その存在にそのエネルギーを使って宇宙を喜びに満ちたところにさせるだろうというのも、「がってん」です。

そして多くの人々にそれぞれの役割を与えて、素晴らしい宇宙の形成に携わらせるだろうというのも理解できます。

<変化する宇宙>

絶えず変化させることで、進歩の機会を与えているのも創造神のなせるわざなのでしょう。超健康法=惟神(かむながら)の道は、もう一つのポイントがあります。それは常に根源のよろこびのエネルギーにつながり続けることです。変化する宇宙は、今、次の宇宙の姿をつくります。

<今であって過去ではないのです>

仏教では過去の行いが未来を作るというように教えていますが、正確には過去ではなく今なのです。今の行動、意識が次の今をつくっていくのです。だから「惟神(かむながら)」は絶えず万物、万事に神を見て、今を行動するのです。「超健康法」も同じです。

<それは難しすぎて実行不可能です>

どの今も神を見、神を意識するなんて出来るはずがない。そう思われるに違いないと思います。しかし、考えないで行ってみてください。それが本来なのに、いま本来でないことをしています。その方が難しいことではないですか。神を見る、神を意識するといっても、喜びのエネルギーを万物や、自分の内に感じて意識するというだけです。

<喜びに浸っていることこそ楽で楽しい>

やってみれば「喜びに浸っている」ことがどれだけらくで楽しく生きれるか分かります。やるべきことが見えてきて、それを助けてくれる環境が起こってくる。これまでと比べたら信じられないような変化が起きてきます。この状態から離れる気が起こらなくなる。これが真実です。いま、世界はそれに戻る、本来の姿に戻る時期にきています。だから必ずできます。(続く)

 

 

 

超健康法・惟神(かむながら)の道2

<他の宗教と違ってなぜ経典がない?>

惟神(かむながら)の道がなぜ経典がないのか、それは本来の姿であって、ただそこに戻るだけだからです。人は本来でないものに振り回されてエネルギーを失ってきました。そして、今日、人はその状態が人の普通の状態だと認識するようになってしまったのです。

<「生活瞑想」という形で>

もともと宇宙に遍満する創造神との関係ですから、創造神が何を望んで宇宙を、そして人類を創られたのか、「人は何をすべきなのか、そして私は何をすべきなのか」を長きに渡って偉人や哲学者がそう質問してきました。いま、その答えを知って新しい時代の扉が開かれつつあります。

日常生活の中で常に創造神を意識して今を生きる。これを私は「生活瞑想」と呼んでいます。

<喜びに包まれて創造神に奉仕する>

「人は何をすべきなのか」の答えは「悦びに包まれて、創造神に奉仕する」ことです。そのために人がつくられたのですから。前回お知らせした方法で喜びのエネルギーを確保できたら、それは創造神につながっていることを意味します。その状態で日常生活を送り、今、何をすべきかを察知します。それにしたがって日常を生きる。それが今の時代の「惟神(かむながら)の道」、私が推奨する超健康法なのです。

神という字を使っても宇宙の姿そのものなので、宗教ではありません。私は人の健康の追求という視点からここにたどり着きました。(続く)

 

 

 

 

 

超健康法・惟神(かむながら)の道1「全意識」

『神社の秘密』(羽賀ヒカル著)に私の行っている超健康法=「惟神(かむながら)の道」のことが書いてあったので紹介します。

<無意識へのアプローチ方法は?>

「『大道廃れて仁義あり』《「老子」18章》という言葉があります。人の道理が自然におこなわれていた昔は、仁義という人為的な道徳は必要なかった。世の道理が失われたから、道徳をことさらに唱える必要が生じた、という意味です。

日本ではこれを惟神の道と申します。神の心のままで人為を加えないさま(真実・まこと・飾らない情)をつらぬく道のことです。

惟神の道には、いろいろな宗教が説くような、教えらしい教えは、ほとんど存在しません。なぜ存在しないのかといえば、この日本において、人はもともと神だからです(もちろん、外国人も神です)。私は、惟神の道に目覚めてさえいれば、人為的な宗教の教えも、セミナーも、必要ないと思います。

さて。無意識は、最もディープ(忿召‥奥深い)な領域です。だから、どれだけ顕在意識、潜在意識を変えようとしても、無意識からの応援がなかったら、人生(運命)は変わりません。しかし、無意識へのアプローチ(働きかけ・接近のしかた)について書かれている本は、ほとんど存在しません。」

<無意識へのアプローチ方法を紹介します>

ここでは羽賀ヒカルさんは、神社に祭られているのは人神(ひとがみ=地上で生活した人が神として祀られている)だと明言されています。神社は、人類の祖先を神として祀っているのです。私は人類、いや宇宙の創造者までさかのぼって意識しています。そこまでいけば、羽賀さんのいう「無意識にアプローチする」、単純明解な方法があります。紹介します。私はその無意識のことを「全意識」と呼んでいます。

<「全意識」へのアプローチ方法>

1. 爆笑寸前のおなかを意識し、そこに熱いエネルギーを感じます。

2. 「やるぞ」という気持ちになったときのように、はらわたを上に引き上げます。

3. そのエネルギーを体中にまわし、全身をその喜びのエネルギーで満たします。

以上です。

「え? え? どういうこと?」

あなたの動転が目に見えます。順を追って少しずつ紹介したいと思います。(続く)

 

農家と農薬・医者と薬・対話(環境とのつながり)

『あなたの人生が突然輝きだす魂のしくみ』(精神科医・越智啓子著)から紹介します。
「奇跡のりんご」といわれた無農薬のりんごを生み出した、青森の木村秋則さんが初めて沖縄に来てくださって1300人規模の大きな講演会がありました。
木村さんの講演会はユーモアたっぷりで、内容もすばらしくて、感動しました。一番びっくりしたのは、無農薬、無肥料、無除草剤でつくった野菜には全く虫がこないのだということです。かえって農薬を使った野菜にはびっしりと虫がつくそうです。

(中略}

自然のままにしておくと、害虫のアブラムシを益虫が食べてくれるのです。ずっと農薬や肥料を使っていると土地が固くなり、冷たくなって、根がのびのびと伸びていけない土地になってしまうのだそうです。ふかふかの温かい土地がいいのだそうです。
次にびっくりしたのは、無農薬・無肥料の自然栽培のお米はずっと腐らないというのです。今まで有機農業はいいと思っていたので、びっくり! 無農薬だけでなく無肥料も大切だと思いました。腐らないお米を食べたら、身体も若返るに違いありません。全くの自然でいいのです。目からウロコの講演会でした。これからの私たちも自然体で生きましょう!
無農薬、無肥料、無除草の農業に目覚めましょう! そんなお米や野菜を見つけて買う人が増えれば、農薬使用量世界一という日本の農業もきっと変わります。
できれば自分たちの食べる野菜や果物は、自分でつくってみましょう!
それも対話で育つのです。対話をしなかったりんごの木は枯れてしまったそうです。やはり、対話は大切ですね! 自分の身体の細胞たちにも話しかけて、『ありがとう』を言いたくなりました。」

このかたは精神科医で、病気をされましたが、現代医学では治らず、さまざまな代替医療を体験されました。私と同じですね。この考え方をしっかりと医薬にも反映してくれるでしょう。製薬会社と医療システムのはざまで苦闘は続くでしょうが。

私は5年間朝昼晩の3回、慢性腎炎の薬を飲み続けて薬害のために体中の筋肉の硬直を起こして、その治療に50年近い歳月を費やして、ようやく終盤戦を戦っています。リンゴ園の方も、もとの自然にもどすために10年以上の年月を戦ったと聞いたことがあります。

私も有機農法に挑戦したことがあります。有機肥料をつくるだけでも手間が余分にかかります。無肥料で育つ環境を育てるにはさらに長い年月がかかります。医薬をなくす環境(医薬なしの治療技術、医療報酬システムを含む)をつくるには、少なくともまだ100年以上はかかるでしょう。

私たちは自分の体もできるだけ医薬品を少なくして、宇宙の中で私たちを取り巻く存在たちと調和、助け合いの関係を再構築していきたいと思います。とりあえず、越智さんがおっしゃるように、まず私たちの体に「ありがとう」といって対話を始めましょう。

 

富田林市水郡(にごり)神社と八尾市恩智神社・天誅組・楠正成

先日恩智神社の由緒書きにある下水分神社のことでつながりを感じたという富田林市在住のヨガの先生の話をききました。柏原市大県の鐸比古・鐸比売(ぬでひこ・ぬでひめ)神社の神体・高尾山から関電道路を上って柏原市斎場のあたりから生駒山の尾根を歩いて恩智神社に降りてこられたそうです。恩智との縁を感じられたそうです。

このコースを恩智の地元の人でも歩いた人は少ないと思います。私も恩智研究会の大畑氏が準備してくれた地図に柏原市斎場の関電道路の北側が大字恩智となっていることに驚いたぐらいです。

楠正成の氏神である建水分(たけみくまり)神社は上水分神社といわれています。恩智左近の恩智神社はこの関係で下水分神社と呼ばれたのでしょうね。恩智神社はいまでも水が出ています。水が心の波動を映しやすいものであることが分かってきている今のこの時に、宇宙のエネルギーを受ける助けをしてくださる大御食津姫(豊受大神)と共に、宇宙波動レベルの祭神が活動を始めたのでしょうか。それによって縁ある人々が動かされている気がします。

恩智研究会ノメンバー、大畑、浅井両氏が早速、富田林の水郡神社に参拝してきたという報告を受けています。しばらく時間をかけて、恩智と富田林を結ぶ南北朝の戦い、天誅組の歴史を学んでいきたいと思います。また、八尾市と富田林市には寺内町があり、教育レベルの高い人がいたのではないかという期待もあり、楽しみにしています。