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『猿田彦(さるたひこ)と天鈿女命(あめのうずめのみこと)』(赤澤綱彦著)1

デジタル大辞泉によると、天鈿女命/天宇受売命は、

「日本神話で、天照大神(あまてらすおおみかみ)天(あま)の岩屋に隠れた際、その前で踊り、大神を誘い出した女神。天孫降臨五伴緒神(いつとものおのかみ)として従い、天の八衢(やちまた)にいた猿田彦神道案内をさせた。猿女君(さるめのきみ)の祖神。」

と、説明されています。天照とこの2神の関係はこういう関係です。この本を探し出して読み始めますと、私のことと白ひげさんのことがかかれていました。

「或る日、わたしたちは治療中の一人の患者さんに、『琵琶湖西岸にあります白髪袖社にお参りに行きますが、よろしければ一緒にお参りに行きませんか』と誘いを受けました。その患者さんは、大阪・八尾市では名の通った割烹・会席料理屋のご主人です。屋号を実家古」といい、先代社長の代より、大阪・堺市の女霊能師の先生に何かと相談に乗ってもらっているとのことでした。そして、その女霊能師の斎き記る神殿には、一柱の神さまが鎮座ましますとのことでした。その神さまは、もとは外宮(豊受大神宮)にお仕えしておられた神々 の一柱であったといいます。ところが、それほど霊格の高い神さまでもなかったらしく、ある不祥事を起こして、外宮から追放の憂き目に会われました。

そして、琵琶湖の西岸までたどりついて、ようやく現在の白髭神社のある場所に鎮座坐しましたが、そこでも安住の地とはまいりませんでした。
今度は、白髭神社の祭神にその地を追われて、行くあてもなくさすろうておられましたが、ようやく現在の女霊能師のところで鎮座坐しますことになりました。
わたしたちは、その女霊能師の先生の一行に加えていただいて、一緒に白髭神社にお参りさせていただくことになりました。
ところが、白髭神社へ参拝致しますと、何と御祭神は猿田彦大神ではありませんか。

わたしと明日香は思わず顔を見合わせ、二人ともおかしさをこらえていました。祭神が猿田彦大神であるならば、追い出されただけで済んだのはまだよかった方かもしれません。それはともかく、わたしと明日香は猿田彦大神との不思議な御縁を作っていただいた堺の神さまに感謝を申し上げて、心の中で手を合わせました。」

治療中の一人の患者さんとは私の事です。以上のようで、堺の霊能者に私が頼まれて、当時針治療を受けていた赤澤先生と霊能者の助手さんを一緒に白髭神社にお連れしたのですね。猿田彦と白髭さんは別の神で、白髭さんは、かなりあとの時代の神だったようです。

この赤澤先生の針治療で他の鍼灸院では体験したことのない不思議な2つの体験があります。

一つは針が入るか入らないかの瞬間に、私の全身のオーラが見えたこと。もうひとつは、建物の外の交差点の自動車が見えたことです。いずれも、皮膚の表面の浅い針でした。本の内容でも分かりますが、研究熱心な方でした。私は腕のいい先生との出会いが多かったのですが、このような体験は赤澤先生だけです。

(続く)

肩こりを知らない人・肩こりのひどい人・「かむながらの道」

体操教室のメンバーに肩こりを知らない人がいます。。人に按摩しても自分は疲れないというので、この人の按摩をうけると、エネルギーが強いことがわかりました

他の人との違いはなんでしょう。まず、自然体で温厚な性格。急いでものごとをこなそうとする地元恩智の人たちとは違ったものがあります。彼女の義理の父の評価は低かったようです。私の母は、この人とは全く反対で、数人分の仕事をこなしてしまいます。地元恩智の生き方の鏡みたいな存在です。男まさりの仕事をこなしてきました。しかし、たえず肩を凝らして、指圧やマッサージを受けていました。

私も母に似て、短時間で自分の仕事をこなして余裕をもつタイプでしたが、社会の中ではその余裕の時間は他の人の仕事を手伝うことで奪われ、つねに、私は肩こりのひどいタイプでした。いつのまにか疲れても休憩しない生き方になってしまいました。

人の体のしくみに驚愕して、創造神のすごさを知ってから、貸し与えられたこのからだを愛し、体に対する奉仕を実行していく中で、肩こりを知らないこの人との出会いは大きな意味をもっています。

筋肉の緊張がほぐれない状態をどのように回避していくか、人の原点・「かむながらの道」に戻りながら取り組んで、かなりの成果があがりつつあります。その方法はこの肩こりを知らない人の生き方と近似しています。それでいて、仕事の成果も上がる工夫に取りくんでいきたいと思っています。仕事も創造神に対する奉仕の一つですから。