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心の健康7・日本人の心の中の宗教

『こころの最終講義』(河合速雄著)より紹介します。神道にしてもカムナガラの時代から古神道、現代の神道に至るまで、内容は変遷しています。先日キリストの迫害の時の話を紹介しましたが、隠れキリシタンが持っていた『天地始之事』には、聖書と違って、「原罪」については記さず、デウスの神についても仏教的な修正が加えられています。

丁度奈良時代に仏教が入ってきて、仏教派と神道派で戦いが起こりますが、その後両方の融合が起こり、もとの仏教、神道とは違ったものになっていきます。神仏融合と呼ばれています。西洋世界では許されない発想です。

1549年にフランシスコ・ザビエルが日本に来ますが、この人は先日「零操」で紹介したイグナチオ・ロヨラと一緒に伝道を始めた人です。

このザビエルが犯罪を犯して日本から逃げてきたヤジロウー(鹿児島の人)とマラッカで出会い、の日本の文化程度の高いことを知り、期待をして日本にやってきます。戦国時代の最中です。戦いに必要な鉄砲を持ってきたこの人たちは大歓迎で受け入れられました。信長にも受け入れられました。秀吉は仏教とキリスト教の間に起きた戦いが起きた時に、1587年に宣教師追放令を出します。家康になると、封建制を布いて徳川を安泰に導こうとしたので、徹底的にキリシタンを取り締まります。

日本の国の統治とキリスト教は合わなかったということですね。家康のキリシタン厳禁の1613年から、1873年キリシタン禁制の高札が撤去されるまで、250年以上、キリシタンは隠れて信仰していたのです。聖書とは違った内容で。

宗教自由の時代、いまはさまざまな宗教の人々がいます。その人たちの心に住む宗教はどんなものでしょう。家によっては親戚の付き合いなどで、複数の宗教を信仰しています。

心の健康6・二十歳の心

私と同じ時代に高野悦子という女の子がいた。京都の大学に通っていたのだが、田舎から出てきて一人で暮らしていた。まじめな子でよく本を読んだ。ただ、すこし人付き合いが苦手なようだった。この子が書いた日記が残されていて、この子の自殺のあと、親が発見して、それを本にした。それが、『二十歳の原点』(高野悦子著)だ。

この子の日記を読んで私は時代を感じた。この子や私が育った環境は学校教育で神を否定していた。小学校5年のときだったか、クラスにある新興宗教団体の御嬢さんがいた。授業で担任の先生が、

「宗教なんてインチキだ。神などというのはいない。」

と、断言した。それを聞いたこの子は、教室を飛び出し山の中へ逃げて、その子はその日は戻ってこなかった。仲のいい遊び友達だったので私も一緒に飛び出したい気持ちだった。なんと無神経な先生だ。もし、それが正しかったとしてもその子の前では言ってはいけない。私は一日中苦しかった。

私の家は仏教だったが、親は寺の世話をしたり、講に参加したり、熱心だった。神社の行事にも参加していた。「いつも神様が見ているよ。」と教えられて育った。家には、神だな、仏壇もあった。

私もたった一人で東京でアパート生活をした。自炊だった。受験生活だったので、友達もいなかった。時代背景も同じ。両親から離れ、相談相手もいない。安いために防腐剤の固まりみたいなハムコマを良く買った。大好きないかの塩辛を大量に食べた。私は腎臓を悪くして、そのために大学病院の診察によって、服薬した。ドイツの腎臓の新薬を5年間3食後に服用したため、体中の筋肉が硬直してしまった。この回復に実に50年の月日がかかっている。

彼女は睡眠薬を多量に服用したため、幻覚を起こして電車に飛び込み自殺をしてしまった。当時20歳という年齢は社会生活の情報も少なく、頭でっかちで部分的な知識はあっても生活の知恵はあまりにもおそまつだった。私はキリスト教会を訪れ、聖書も読んだが、その理解は表面的で感動はしてもイエスとつながることはなかった。妖しげな宗教団体の話も聞きにいった。あとでオーム真理教の事件があってよく免れたものだと胸をなでおろした。